猫背が、いつもより薄く見えた。
「ナルト、行きましたか」
振り返ることなく、低い声が問う。
「行きましたよ。ラーメン代は出世払いで、なんて言ってね。どれだけにして返してもらうかなあ」
イルカはしゃがみ、慰霊碑の前にそっと花を供える。
「そうか、行ったか……」
口布の奥で小さく繰り返した男は、やっとイルカを見て微笑む。
「心配しなくても大丈夫ですよ。自来也様に任せていれば」
イルカは苦笑する。
「心配なんかしませんよ。あなたの部下なんですから」
カカシは、後ろ頭を困ったように掻いた。
「ま、こんなにこたえるとは自分でも計算外でして」
「こたえなきゃ、嘘ですよ」
「オレなりの決着も、ま、つけるつもりですけど」
「無理をしない程度に」
イルカは立ちあがり、カカシの目を見て穏やかに笑う。
「待つのも仕事なんですよ。教師ってのは」
ゆっくりとイルカは手を差し出す。
カカシは一瞬、驚いたような目をして、すぐにその手を握り締めた。
「こんなに可愛いとは思わなかったんです」
顔と上半身に何もつけず、その視線を窓の外にやったまま、カカシは独語のように言う。
「そうですよ。なってみないとわからない。他人の子供だってのに、生徒ってだけで、なんであんなに可愛いんだか。これは、生徒を持った者しかわかりませんね」
寝台に臥して、カカシの顔を見ないでイルカは答える。
「うん。無条件に可愛い」
カカシは、掛け布ごとイルカに抱きつく。
「オレ、先生を亡くして、何も伝えられなくて、何も恩を返せなくて、ずっと後悔してました。でも、わかりましたよ。生徒ってのはそのときに全部、師にくれてるんですね。師のほうが、やれる物の少なさに戸惑うんだ」
腕を伸ばして、イルカはカカシを抱きしめる。
「大丈夫、大丈夫ですよ」
イルカの手を離れ、今またカカシの手をも離れたこどもたち。
里までも離れてしまった子。
だけど。
「一生、なくなったりはしませんから」
与えたものも、与えられたものも。
「そうだね。イルカ先生」
生徒は先生を越えていく。必ず。
だが、確かに何かを掴んでいく。
イルカとカカシはどちらからともなく唇を合わせ、やがて、先生同士ではない時間のなかに沈んでいった。
それは、すべての者にとって旅立ちの日。