イルカは、憤然としてカカシに詰め寄った。
「そりゃ、カカシさんのお金です! どうしようと自由です。今月分、ぽんっと他人に貸したって、あなたが困りはしないことも、知ってます! でも! あの男、借金したら返さないので有名な札付きじゃないですか! その場でだけペコペコして、かげに隠れて嘲笑ってるんですよ! 貸してくれた人を!」
「そうですねえ。確かに、あいつに貸した金、返ってきたこと、ありませんねえ」
カカシは、柔らかく笑う。
「それが、わかってて! わかってて、なんで!」
「ま、万が一、こどもが重病で、というのが真実だったら大変でしょ。嘘なら、こどもは病気じゃないんだから良いわけですし」
脱力して、イルカは床に座りこんだ。
「俺、いい加減、お人よしだ、ばかだ、と言われてきましたが、初めて、言う側の気持ちを理解しました」
「え、それって、オレがお人よしでばかだって、ことですか?」
「そうですよ。喩えて言うなら、帰りじゃなくて、行きでお地蔵さんに出会って、売りに行くことも忘れて、笠を被せてきちまうような人ですよ。あなたは! 俺のお人よし度が1笠地蔵だとしたら、あなたのは17笠地蔵くらいです!」
「なに? そのリアルで微妙な数字」
「つまりですね。帰りなら、ああ、売れなくて、貧乏で困ってるのに被せてくれたんだなあ、と非常にわかりやすいわけです。でも、行きじゃ、売る必要もないんだなあ、じゃ、貰っておいていいか、と親切がわからないじゃないですか! あの男、カカシさんならいいか、って思ってますよ! 良心の呵責も何もなく!」
「ん〜、でも、ほんとに病気なら、オレの方が良心の呵責に苛まれるし。実際、金に困ってるわけじゃないですから」
「……訂正します。あなたの笠地蔵度は236です」
カカシは、イルカと同じ高さに屈みこみ、掬いあげるように、イルカを見る。
「ま、商売が商売ですからね。任務以外なら、オレ、騙すより騙されるほうが、いいです。そうでないと、オレみたいの、生きてて申し訳ない、というか。それにね、ま、なんてのかな。そういう、ばかなとこが、オレを戦場でも生かしてきたような気がしますし」
それは、そうだ。イルカは納得する。
苛烈な生業であるから。甘さがなければ生きていけない。
ほんの少しでも、綺麗な夢を持っていないと、心を保てない。
「でも、やっぱり、俺、腹が立ちます。カカシさんが、そんなにして得た報酬を、あの男が、裏で舌を出して、馬鹿にして、けろっと使っちまうかと思うと! 地蔵や鶴、亀はともかく、あんな奴に、情けをかけなくても!」
さらに優しく笑って、カカシはイルカを両腕の中に閉じこめる。
その中でもがきながら、イルカは言い募る。
「俺が、なるべく罠にかかった鶴は助けますから、カカシさんは、なるべく他人に金を貸さないでください。あ、でも、罠にかかったのを助けたら、猟師さんが困るか。う―ん」
「まったく、イルカ先生てひとは」
触れるだけのキスをして。
「あなたが言うところの笠地蔵度が高いオレを、あなたは拾ったんですから。あなたの笠地蔵度は、オレを超えてますよ」
と、カカシは言った。
カカシというひと。
イルカというひと。
似ているのは、自分より相手が素晴らしいひとで、相手より自分のほうが相手をずっと好きだ、と互いに思いこんでいる所。