イルカがカカシと歩いていたとき、通りの向こう側から男がきて、ひらひらと手を振った。
カカシがだるそうに応えると、男は寄ってきて、カカシの肩を叩いた。
「ひさしぶりじゃねえか。元気か、ジュリエット」
「見てのとおり、元気だよ〜。あんたも元気そうだね〜」
「おお。おかげさんでな」
「ま、いいかげん、オレの呼び方、変えなよね。前歴、宣伝して歩いてるみたいだよ〜」
「おお、そうだなあ。じゃ、な。カカシ」
あっさりと忠告に従うと、男は、またひらひらと手を振って去っていった。
「カカシさん、訊いてもいいですか」
止めていた歩を再度、進めながら、イルカは逡巡の末、口にする。
「ん〜、さっきのは、昔の知り合いですよ〜」
「いえ、そうではなくてですね、あの方が、カカシさんを呼ばれた名前は……。あ、答えられないことなら、かまいません。暗号だったり。俺も忘れますから!」
「別に、答えられないことじゃ、ないんですけどね」
カカシは、マスクの上から頬を掻いた。
「オレ、暗部にいたでしょ」
「はあ」
「暗部って、酒も薬も効かないから、シラフで、手間隙かけて命かけて、宴会してハイになるって話しましたよね」
「はい」
十以上、隠し芸を持つ輩は元暗部だと思って間違いない、とまで断言された。
「ま、そういう一つなんですけど。もう、大昔になるんですけどね〜。劇をやったんですよ。ロミオとジュリエット」
「ロミオとジュリエット、ですか」
「本格的にシェイクスピア時代を再現するって、もう大真面目に〜。で、あの時代って女優は存在しなくて、少年が女装して女役をやったんですよね」
読めてきた。とイルカは思った。
「どのみち女性は少なかったし、オレ、その頃、格段にガキで、身長も今ほどなかったし」
「……やったんですね。ジュリエットを」
「やりました〜」
「…………綺麗だったでしょうねえ」
「綺麗でしたよ〜。見てた奴、未だに夢に見るって言うくらいで」
「…………………それで、未だにジュリエット、なんて呼ぶ人が……」
「いるんです。そいつは、元暗部と思って間違いないですから」
いや、そんな元暗部見分け法など、知らなくてもいいから。
とは、言葉には出来ないイルカであった。
「でも、ジュリエットなら、イルカ先生のほうが似合いそうですね〜。長い黒髪で」
何やら妄想に入っているカカシを残し、イルカは足を速めた。
「あ、でも、オレは、絶対にロミオにはなりませんからね〜。
オレたちは、絶対にハッピーエンドでなきゃ!」
イルカはむっとした顔で、カカシを振りかえった。
また叱られるかな、馬鹿なこと言って、とカカシは首を竦めた。
イルカは、カカシの手をぎゅっと握った。
「当たり前です。悲劇なんて要りません」
カカシは、イルカの手を強く握りかえした。
少しだけ映画の挿入歌をカカシが口ずさみ、名台詞を言うと、イルカも名台詞を返して、でも、ハッピーエンドですよ、と念を押した。