ツィゴイネルワイゼン
 
 不思議なものを見た、とアスマは思った。
 
 薄暮の刻。
 薄い金色に染まっていく世界。
 いくぶん猫背ぎみのいつも通りのカカシの後ろを、一定の距離をおいてイルカが歩く。
 連れ立っているようにも、関係がないようにも見えた。
 逆に言えば、どちらでもしっくりこなかった。
 歩を速めることも、緩めることもなく。
 二人は進む。
 ふっと、カカシが立ち止まった。
 イルカが先を急ぐ。
 何かをカカシが言いかけ、イルカが頷く。
 そして、今度は並んで行った。
 ああ、なんだ。やっぱり一緒だったのか。
 納得しながらも、アスマの感じた違和感は消えない。
 ひどく不思議なものを見た、と思った。
 
 
 アスマとカカシはセクシャルな関係にあるのだ、と未だに本気で信じている者が、わりといる。
 十代の頃、ばかみたいに綺麗な時期がカカシにはあって、利より労のほうが多かったから、アスマが盾になってやっていた。
 それくらいには、カカシのことが好きだったし、それくらいには、壊してはいけないものに感じられた。その頃のカカシは。
 実戦では、カカシが、アスマの盾になってくれることが度々であったのだが。
 順調に年を重ねていって現在は、象が踏んでも壊れるもんかい、とアスマはカカシのことを断じているのだが、以前よりももっと、カカシのことが好きだった。
 セクシャルな色合いをまったく寄せつけないくらいには。
 
 
「オマエ、イルカと親しいのか」
 上忍控え室で口布をおろして煙草を吸っているカカシに、アスマは問いかけた。
「ん〜、話したりはするけど。親しいっていうのかな」
 のったりと、カカシが答える。
「一緒に出かけたり、すんじゃねえのか」
「一緒に行くようなとこ、ないでしょ。なんで、そんなこと訊くの?」
「こないだ、二人で歩いてんの、見たぜ」
「そう? 帰りが一緒になったのかな。覚えてない〜」
 カカシは小首を傾げる。
 考えるときの、子供の頃からのカカシの癖。
 とぼけているわけでは、ないようだ。
「いや、別にどうでも、いいんだがよ」
 そう言って、話題を変えた。
 どうでもよくは、全くなかったのだが。
 
 なぜ、自分がこんなに拘るのか理解できないまま、アスマはイルカにも尋ねた。
「ああ、偶然、帰るのが一緒になったことがあります。そのときでしょう」
 イルカは、あっさりと言った。
「仲、いいのか」
「そんなことも……。いえ、中忍試験の前にあんなことがあったから、かえって、距離を縮めていただいたような感じはありますが」
 イルカは新人を中忍試験に送る際に、上忍や火影に意見をした。
 カカシにすっぱりと斬られたのだが、それが翻して、互いの認識を深くしたようだった。
 なぜ、そんなことを。
 イルカは、目の色だけで問う。
 なんでもない、とアスマは答えた。
 
 
 その後。
 カカシとイルカは特別な関係になっていった。
 あのときには、二人とも自覚もなかった。
 それでも。
 アスマは「見た」のだ、と思った。
 始まりを。
 予感を。
 空間に、ぴいんと張った恋の糸を。
 その、とても不思議なものを。
 
 そして。
 なぜ自分に見えたのかをアスマは悟った。
 生まれた瞬間に、葬られた恋ゆえに。
 失ったと知った瞬間に、存在を強調された恋心ゆえに。
 壊してはいけないカカシも、象が踏んでも壊れないカカシも、もう、イルカだけが見つめる。
 
 
 さまよえる想いは、金色に広がって、やがて山の端に消えた。
 
 
 
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