忍者の任務に、のどかという表現はおかしいかもしれないが、そうとしか言いようがない。
と、はたけカカシは思った。
大名屋敷の草むしり。
空はよく晴れていて、初夏の風は肌に心地よい。
眠くなってくる。
下忍たちを見張りながら、イチャイチャパラダイスを手に、木の枝の間に横たわっていたカカシは、大きく伸びをした。
戦場とは、あまりに違う景色。世界。
「♪好き好き。大好き。イルカ先生〜♪」
ナルトが、のんきに唄まで歌いはじめた。
草を引くには、ちょうどいいリズムのようだ。
何度も何度も繰り返される節に、サクラが我慢しきれなくなったのか、言った。
「何よ、その唄」
「木の葉丸に教わったんだってばよ。アカデミーで流行ってるってさ」
「ふ―ん。変なの」
「なんで? なんで? サクラちゃん。いい唄だってばよ」
「ていうか、ナルト、あんた、歌、下手すぎ」
ナルトはひどくショックを受けていたようだが、しばらくすると、そんな過去など葬り去って、また歌いだす。
「♪好き好き。大好き。イルカ先生〜♪」
サクラが、同じように口ずさんでしまった。
「ばか。ナルト。あんたにつられちゃったじゃない」
「でも、サクラちゃんだって、イルカ先生、好きだってばよ」
「当たり前でしょ。嫌いなわけ、ないじゃない」
ナルトは、にしし、と笑った。
歌いつづけるナルトに諦めたのか、サクラも何も言わない。
時折、ナルトより、ずっと確かな音程で和す。
カカシは、ちゃんと気付いていた。
我関せず、と黙々と草をむしっていたサスケが、ふと口を動かし、はっとしたように、周囲を見回し、何事もなかったような表情に戻ったことを。
サスケも、イルカ先生が嫌いなわけは、ないんだ―よね。
カカシの唇が、口布の下で微笑の形を作る。
晴れた空に、こどもの歌う声が、のぼっていった。
珍しく日暮れ前に、イルカのほうが早く帰っていた。
「ああ、カカシさん、お帰りなさい。メシ、もうすぐ出来ますよ。相も変わらず、ぶっこんだだけのカレーですが」
「ただいま。イルカ先生も、お帰んなさい」
「はい、ただいま……わあ! 背中に貼りつかんでください。さっさと着替えてきてくださいよ」
「ん―」
カカシは後ろから、イルカの耳元に小さな唄を吹きこむ。
好き好き。大好き。イルカ先生。
イルカのうなじが、赤くなった。
「ななな、なんで、あなたが、そんなのを!」
「アカデミ―で流行ってるんですってね。オレの情報網は完璧です」
「どうせ、木の葉丸あたりから、ナルトちゅうんでしょう。ったく、あいつらときたら」
「いい唄じゃない。今日の第七班で、ナンバーワンヒットソングでしたよ」
「悪戯したり、宿題を忘れたときなんかに、わざと歌うんですよ。戯れ唄です」
「オレ、この唄、大好き。大好きなひとを大好きって言うの、大好き」
「……。こどもみたいに。カカシさんは」
首筋を紅潮させたままで、イルカは嘆息する。
羨ましいな、とカカシは思った。
イルカ先生に習う、アカデミ―の生徒たち。
イルカ先生が居ること。
好きなひとに、好きだと伝えられること。
カカシは、伝えられなかった。
金色の髪の恩師に、一度も好きだと伝えなかった。
二度と会えなくなる日が来るなどと、考えてみたこともなかったから。
言えばよかった。
伝えたかった。
こんなふうに。
好き。好き。大好き。
窓から、落日の陽がさしこんだ。
あのひとの、髪の色のような夕陽。
イルカが、照れ隠しのように、声を荒げた。
「だから! 言わなくても、歌わなくてもいいですって! 俺には、ちゃんとわかってますから!」
―ばあか。言わなくても、わかってらあな。おまえの思ってることなんざ。―
黄金の光が、辺りを染めていく。
包みこむように。
カカシは、イルカを抱く手に、さらに強く力をこめた。
大好きな唄を。
大好きの、唄を歌おう。