風琴

どんな楽器よりも、イルカはいい音を奏でた。
カカシがイルカの肌を滑らせる指に、中を貫く凶器に、イルカは最上の音楽を演じてくれる。
同性である男とセックスをすることが、こんなに気持ちがいいとは、カカシは知らなかった。
なにしろ、男のからだは嘘をつけない。
良ければ前が屹立し、苦しく痛いだけなら萎む。
射精感を共有するのは、哲学的なほどの快楽だ。
「イルカ先生、好き」
こどものような口調で言いながら、カカシはイルカの唇に、ちゅっと鳴るキスを何度も落とす。
「つくづく、変な人ですね」
だるそうな動きで、それでも微笑んで、イルカはカカシの銀髪を撫でる。
「オレを好きになってくれたから、あなたはもっと変な人」
うっとりと言い、深い接吻を仕掛ける。
「ほんとにねえ。もっと変な人になんかなりたくなかったんですけどね」
言葉の内容とは裏腹に、イルカの声は甘い。
「言って。オレが好きって」
「好きですよ。カカシさん」
歓喜で、カカシはイルカの腹に、仔犬のように頭を摺りつける。
事後に肌を寄せ合っているのは、セックスそのもよりも、もっと気持ちがいい。
自分の腕を枕にしているイルカの黒髪を弄びながら、カカシは思いついたことを訊ねてみる。
「なぜ、足踏みオルガンなんて弾けるんですか。アカデミーの講師はみんな、弾けなきゃいけないんですか?」
「ああ」
イルカは、唇の両角を上げる。
「俺、火の国正規の教員資格を持ってるんです。初等教育の。必須科目に音楽も、図工もあって。二年、普通の顔して、火の国の大学に行きました」
「そうなの? 潜入にしても、大学に行くって凄いですね」
「三代目の方針だったんでしょうね。いや、四代目からの継承かな。火影様は、徐々に里を解体していきたかったみたいです。忍者を必要としない世界を作りたかったらしいです」
「そうね。忍者が大活躍する世界なんて、ろくなもんじゃない。ミナト先生は、確かによくそう言ってました。……大学、ね。想像もつかないです」
「楽しかったですよ。そりゃ、勉強は大変でしたけど」
「サークル活動したり? それで合宿したり? 合コンしたり?」
「想像できてるじゃないですか」
イルカは笑う。
「資格取得が最優先で、いっぱいいっぱいに講義を入れていたんで、そんなヒマ、なかったです。でも、楽しかったですよ」
「いいな。オレも行きたい」
「今からでも」
「いいえ。イルカ先生と一緒に行きたかった。イルカ先生の記憶の全部に、オレがいるといい。過去が全部、一緒だといい」
カカシは、わりと本気の声で囁く。
「これから、一緒ですよ」
イルカも、わりと本気の声で返した。
「あ、すみません、最初の質問に、正確には答えてないですね」
不意に、イルカの声音が変わった。
「最初の質問?」
カカシは問い返す。
「なぜ足踏みオルガンが弾けるのか、ということです。音楽の単位のためじゃないんです。正確な音程を身につけることを邪魔する、というので、今は音楽教育に足踏みオルガンは使いません。文学の教材で、風琴という文章が出てきたんです」
「ふうきん?」
「そう。オルガンを風の琴と書くんです。ふいごの原理で、風を送って音を出すからでしょうね。で、一台だけ残してあった現物を見にいって。せっかくだから弾けるようになりたい、と練習しました。音楽のほうはピアノが主なんで、オルガン、それも足踏みオルガンなんて、単位には全く必要なかったですが」
「イルカ先生、変な人」
「そう。俺、変な人なんですよ」
言って、カカシとイルカは微笑みあう。
「好きなんです。あの独特の音色」
何かを思い出すような目の色をするイルカの掌を、カカシは握りしめる。
「うん。オレも好き。好きになりました。風琴の音。ね、じゃ、ピアノも漢字があるの?」
「ありますよ。洋琴です」
「他には?」
「そうですね。アコーディオンが手風琴で、ヴァイオリンが提琴、くらいしか思いつきませんね」
「凄いね。みんな言い方があるんだね」
「言い方、というのも変ですが」
カカシはイルカを抱きしめる。
「もっと、もっと教えて。イルカ先生の知っていること、昔のこと」
「じゃあ、カカシさんも教えてください」
「オレ、イルカ先生に教えられるようなこと、ありませんよ」
「いえ、そういう知識じゃなくて。たとえば、好きな曲、とか」
「イルカ先生が弾いてた、ジムノペディ、好きです。昔、オレの先生が、ええと、洋琴で弾いてくれて」
カカシは一生懸命に語を紡ぎ、イルカも一生懸命に聞く。
風が押し出されて、妙なる音色となるように。
恋人の言葉が、妙なる音楽になって奏でられる。

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