「はい、どうぞ」
扉を開けるなり、イルカはカカシから花束を渡された。
「な、なんすか、これ」
謝恩会か、退職か?
お、俺は、知らないうちにリストラされていたのか!
男が花束を渡される理由を考えて、動揺するイルカである。
「いえ、帰り道で綺麗だったから。山中イノの店で」
カカシは、にっこりと笑う。
「はあ、そうですか。まあ、どうぞ」
イルカは、カカシを部屋の内に招き入れる。
「お邪魔します」
サンダルを脱ぎ、額宛を外し、口布を降ろし、すっかり寛ぎながらカカシは振りかえり、眉をひそめた。
イルカは、花に顔を埋めていた。
「いい香りですねえ。……カカシさん、どうかしましたか?」
「ん〜、花が可哀想だったかなって」
そりゃ、そうだろうよ!
俺みたいな無骨な男に、花束なんか似合うもんか!
わかってはいるが、カカシの口から言われると、腹が立つイルカであった。
カカシは傍に寄ってきて、少し背をかがめ、下から掬いあげるようにイルカの顔を見る。
それでなくとも、イルカはカカシの素顔に弱いのに、この角度でこられると、アドレナリンがあがって、暴れたくなる。
イルカが口を開く前に、カカシが言った。
「せっかく綺麗なのに、花も、あなたには負けてしまいましたね」
イルカの口が、Oの形になった。
このまま声を出したら、すごく上手に外国語の発音が出来そうだ。
冗談だよな、冗談であってほしい、冗談でないと困る!
というイルカの願いもむなしく、カカシはボケッとした顔で続ける。
「イルカ先生は、花より綺麗だから」
本気である。気が抜けた顔だが、こういうときのカカシは、本気なのである。
その証拠に。
花束越しに、ひどく優しいキスを、カカシはしてきた。
唇を塞がれて、イルカは反論の術を失った。
とにかく。
問題は、カカシの美意識だ。
イルカは頭のなかで、指導要領を、物凄い勢いでめくる。
美術館に行こうか。画集を見せようか。
情操教育のやりなおしだ。
ちゃんとやっといてくださいよ、四代目!
イルカは、カカシの師まで恨みに思う。
そんなイルカの心など、知る由もなく。
カカシは幸福そうに、茄子の味噌汁を啜りながら、飾られた花束を眺め、もっと幸福そうに、イルカの顔を見て微笑むのだった。