その苦み
 
カカシが集合時間に遅れてくるのは、もう当たり前のことになっていた。 それでも、七班の下忍たちは、ちゃんと時間通りに来る。
そして、ぶつぶつ文句を言いながらも、決められた場所でじっと待つ。
それは、ナルトとサスケとサクラの、数少ないコミュニケーションタイムになっていた。
その話題も、そのときに持ちだされた。
高くなってきた太陽の光に、首の後ろを焼かれるのを気にしながら、サクラがナルトに尋ねる。
「ねえ、あんた、イルカ先生の彼女に会った?」
「うん」
ナルトは彼らしくもなく、意気のあがらない調子で、素っ気無く答える。
「ほんとうに? いつ? どんなひと?」
矢継ぎ早に、サクラは質問を重ねる。
ナルトは、むうんと唸った。
「いつって、もう何度も会ってるってば。どんなひとって」
いっしょうけんめいに、ナルトは言葉をさがす。
「綺麗なひと? 可愛いひと? それとも、ぶっさいくなひと?」
サクラが畳みかける。
無関心な素振りで背を向けているサスケも、実はナルトの返事を待っていることが、その肩の微妙な動きで知れる。
首を傾げながら、ナルトは腕を組んだ。
「どっちかってと可愛いだってば。うん。可愛い。いいひと。優しいし強い。
 うーんと、イルカ先生が、そのまま女のひとになった、みたいなひと」
「イルカ先生が、そのまま女のひとになった、みたいなひと、ねえ」
サクラは首を捻り、サスケは訝しげな表情をする。
「やあ、諸君」
そのときに、呑気な声で、呑気にカカシが現れ、その話題は終了した。
子供たちは、誰も知らなかった。
カカシが、ナルトの表現力に、非常に感心していたことなど。
イルカ先生が、そのまま女のひとになった、みたいなひと。
なんと、言い得て妙だろう、と。
 
 
コーヒーは、好きではなかった。
喫茶店という場所も、好んではいない。
だが、カカシは、入り口がよく見える奥のボックスを占領して、愛読書をめくっていた。
休日の昼下がり。
馴れた、なんでもない普段着。
手入れもされていない髪。
いかにも、暇な一時に相応しい格好。
たっぷりと時間をかけて、そう見えるように用意したことなど、決して気取らせはしない。
軽い音を立てて、扉が開いた。
背の高い黒髪の男と、女性が入ってきた。
イルカと、噂の彼女。
カカシは、コーヒーを口に含む。
苦さは、この黒い液体のせいばかりでは、ない。
イルカは、カカシを見つけると、驚いたような顔をして、そばに寄って来た。
「こんにちは。妙なとこで、会いますね」
何の邪気もなく、イルカは言う。
「ん―、ガイと待ち合わせしてるんですよ―」
「そうなんですか」
イルカは頷き、その肩越しに、彼女が一礼する。
カカシも目礼を返した。
カカシといくつか席をあけて、イルカと彼女は座った。
うまい具合に、カカシの位置から、イルカの顔が見えた。
まあ、見えなければ、席を移動するつもりだったのだが。
彼女に向かって、輝くような笑顔で、イルカは話しかける。
彼女の、心を許しきったような、笑い声。
知り合いに会っても、照れることも、戸惑うこともなく。
お似合いの二人。
第三者でも、見た瞬間に、互いの半身であることを納得させるような男女。
イルカ先生が、そのまま女のひとになった、みたいなひと。
ほんとうに、ナルトは上手いことを言う。
イルカの、輝くような笑顔。
カカシは、本の頁を閉じ、席を立った。
「ガイの奴、来る気配がないんで、こっちから拾いに行きますよ」
気軽に、なんでもないように、カカシはイルカに声をかける。
「そうですか。あ、おれたち、もうしばらくいますんで、もし、入れ違いになられたら、伝えますよ」
どこまでも、気遣いを忘れない、柔かなイルカの声音。
「お願いします」
笑って、カカシは頷く。
彼女に軽く頭を下げる挨拶をし、カカシは店の外に出た。
 
あの店が、二人のお気に入りだという情報は、もちろんナルトから仕入れた。
彼女を見たかったのではない。
もう、何度も見かけている。
彼女に向ける、イルカの笑顔が見たかっただけ。
幸せそのものの、輝くような笑顔を。
 
自分に向けてくれるなら、他にもう何もいらない。
強く強く願い続けたのも、以前の話。
叶うことなど無いことは、よくわかっている。
でも、見たいんだ。
あの笑顔を見たい。
 
来週は、どんな口実をつけて、店に行こう?
ほんとうに、ガイと待ち合わせをしようか。
そんなことを言ったら、実は鋭いガイは、気付いてしまうかもしれない。
カカシの想いを。
でも、ガイはああ見えて、ライバルに優しいから、黙って見逃してくれるだろう。
どんなに、みっともないと思われてもいい。
イルカの幸せな笑顔が、見たいだけなんだ。
カカシの喉もとに、はげしい苦みが蘇った。
ブラックで飲んだコーヒーのせいだ、とカカシは決めつけた。
甘い物はだめだが、あの苦みも、いただけない。
だから、コーヒーは好きじゃないんだ。
カカシは、小さく声に出して、呟いた。
 
 
 
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