呪縛

それは、うみのイルカがはたけカカシに激しい想いをいだくようになって、そして、その想いの名を自分で知らない頃のことであった。
天気の話の続きのように。
三代目火影は、キセルの灰をたたいて言った。
「カカシを選ぶは辛いぞ」
「三代目、俺はそんな!」
顔を赤くして殊更に声を大きくし、否定するイルカに火影は慈愛に満ちた笑みを向けた。
「あれは、カカシは、壮絶な愛情に縛られて育った男よ」
優しい唇の動きで、淡々と枯れた声で、三代目火影は語る。
心も身体も病み、己と人との別ちも無くなり、血を吐きながらも、カカシの父、はたけサクモは、カカシだけは抱きしめ、愛し、案じつづけた。
自らを殺めるも、カカシの為と信じこんだ故の行動。
「四代目でも、その呪縛を解いてはやれなんだ。それどころか、ミナト自身がカカシを縛りつける結果になっておる」
だから、どうしろ、とは、三代目火影はイルカに告げなかった。
イルカもまた、何の語も返さなかった。

イルカは後悔している。
その頃、自分が自分の想いの名を知っていたなら。
わかっていたなら。
三代目に告げたであろうに。
どんなに壮絶でも、父や師の愛の呪縛よりも強いもの。
狂おしいもの。
人の力で抗うことの出来ないもの。
恋。
イルカが落ちたと同じ、いやそれ以上の恋にカカシが落ちたとき。
呪縛は、こよりほどの戒めにもならなくなった。
三代目の忠言は、そよ風ほどの諌めにもならなくなった。

もっとあつい接吻を。
もっときつい抱擁を。
もっと激しい愛撫を。
もっと、もっと。
呪縛を解いて呪縛する、恋に、カカシとイルカは、ただ、のまれていった。

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