酒席を共にして二度目に、イルカは思いきって言ってみた。
「カカシさんは、こういう席でも、口布を取られないんですね」
カカシは、布の上から鼻の下あたりを掻いた。
「ま、自衛というか、他の人に迷惑をかけないため、というか」
「あ、すみません。上忍の方に! 私、余計なことを言いました」
イルカが叩頭するのを、カカシは手を振って制する。
「そういう職務上のことじゃなくてですね、飲むと、私、酔ってるわけでもないんですが、キス魔になるんですよ」
「キス魔?」
カカシの口から出るには、およそ不似合いな言葉だ、とイルカは思った。
「私ね、こどもの頃、50年代アメリカ映画ほかほか家族並みに、キスしてされる環境で育ちましてね」
「……50年代アメリカ映画……」
「ほかほか家族。ダディにちゅ。マミイにちゅ。坊やにちゅ。てな具合です」
ダディ! マミイ!
今、聞かなかったら、一生、聞かなかったであろう人称だ。イルカは脳が痒くなるのを感じた。
「ま、それを躾けたのは、親じゃなくて先生だったんですが。……飲むと、出るんですよ、その癖。まずいでしょ。5歳のこどもなら、ともかく、成人男子が老若男女かまわず、キスしまくるというのは」
「まずいです」
イルカは、間髪入れずに返した。
「ね。だから、口布で自制して……」
「いえ、違います。飲んでキスするのが、まずいんです。キスは、素面で、するものです」
「は?」
カカシは、そちらだけ外気に晒した右眼を、大きく見開く。
「カカシさんのキスを待ってる女人は、多いと思われます。それが飲んで、酔ってないと仰っても、飲んでるんですから酔った勢いですよね。それで、キスするから、いけないんです。本気でしないと、いけません」
イルカは正座した膝に、ぎゅっと握った拳を当てて、力説する。
彼は、論点が大きくズレていることなど、まったく気付いていなかった。
カカシは、大きく見開いた眼を、細く弓なりにして、満足した猫のように笑った。
「じゃあ、これから、キスは、素面で、するようにします」
「そうしてください」
重々しく、イルカは頷いた。
そして、その翌日。
大きな木の下で、イルカは、素面のカカシにキスをされた。
初めて見るカカシの素顔は、びっくりするほど綺麗で、実際にびっくりしているうちに、唇を奪われた。
そして、素面でのキス魔が誕生したのである。
相手は、イルカ限定で。