遊ぶこどもの声がした。
数人の幼い子らが、はしゃぎ、じゃれあっている。
金髪の男は、自分の教え子が、それを、正確には中心となっている黒髪のこどもを、じっと見ていることに気付いた。
かげに隠れて。
気配を消して。
息まで殺すようにして。
「どうしたよ。カカシ。仲間に入れてもらえよ」
銀色の頭を、くしゃくしゃとかきまわすと、濃紺の瞳が困惑したように、師を見上げる。
「……こわがる、と思って」
「ああ? おまえを?」
「……みんな、こわがる」
金髪の男は、さらに乱暴に、カカシの銀色の小さな頭を撫でた。
五歳でアカデミ―を卒業し、六歳で中忍になった稀有な存在。
それが、やりきれなくなるときに、彼は、幼い弟子によく、こうした。
「大丈夫だって。行ってこいよ。お、あの髪の黒い子、イルカじゃねえか」
「イルカ?」
カカシが、おうむ返しにその音を発し、師を見上げる。
「ああ。うみのんちのイルカ。父ちゃんも母ちゃんも、忍者なんだ」
「イルカ……」
噛みしめるように、カカシは、その名を呟いた。
そして、こどもたちに背を向けた。
「カカシ、いいのか。仲間にいれてって、言ってこいよ」
カカシは無言で、首を横に振り、雲隠れの術を使った。
金髪の師は、小さく息を吐いて、その気配を追った。
そんなことがあったことを、金髪の男も忘れていた。
木の葉の里は、未だ混乱期で、カカシは重要な戦力だった。
だが、ある日、気付いたのだ。
カカシの手に合わせて特別に注文した、玩具のようであるが、実は非常に精巧なクナイを、カカシが手入れしているときに。
カカシは、そのクナイを、大事に大事にしていた。
自分の命を守る道具として、その行為は当然であったが、その頃のカカシには、それだけではない意味があったのだろう。
カカシ専用の、小さなクナイ。
それを磨きながら、カカシは、クナイに呼びかける。
イルカ、と。
胸を衝かれた。
心の中で、大切に大切にされている名前。
名を与える宝物は、小さなクナイ。
カカシの手に合わせたクナイだけ。
金色の髪の男は、幼い弟子に、何も言いはしなかった。
ただ、里長、三代目火影に訴えた。
「カカシに、スリ―マンセルを組ませてください」
「中忍が、いまさら、か。無理じゃ」
ある程度、金髪の男の気持ちを察しているのであろうに、三代目は、決まりどおりの言を発し、ぷかりとキセルから煙を吐いた。
天才であるカカシには、やはり天才と称される金髪の男が、マンツーマンで指導に当たってきた。
だが。それでは。
「駄目なんです。どうしても、私では教えてやれないことがある。カカシに。仲間を教えてやりたい」
歯の間から押し出すような、金髪の男の重い言葉に、三代目は、笑みで答えた。
「いい進歩じゃの。カカシにも、おまえさんにも」
こどもを指導して。
欠けているものを、埋めてもらうのは自分のほうなのだな、と男は悟った。
「はい。私にも必要なのですよ。後の仲間が」
男が言うと、三代目は満足そうに頷いた。
座って武器を整理するカカシの肩越しに、イルカは興味深そうに覗きこむ。
「ありゃあ。ずいぶん可愛いクナイですね。お守りですか」
カカシの掌に、すっぽり入ってしまうような小さなクナイ。
「ま、そういう役割も、になってましたが。立派な武器です」
何度か振り、カカシはイルカをふり返って微笑む。
「あ、ちゃんと紋も入ってますね。小さいだけで、全然、手抜きされてないんですね」
イルカが嘆息する。
「なんだか、カカシさんが幼い頃から、天才だったっていうの、見せつけられてるみたいです。我が身とひき比べちゃあ、切ないですが」
「オレの先生はね、オレがこれを持ってると、切なかったみたいです」
カカシはクナイをしまい、語を続ける。
「これも、今度、神社に奉納しちゃいます」
木の葉神社は、使えなくなった武器などを引きとって、供養した末に処分してくれる。
常に生命のやりとりをする忍だからこそ、そんな習慣を、おろそかにしない。
「え、勿体無いなあ。可愛いのに」
イルカが残念そうに言う。
「いいんですよ、もう。イルカ先生が、ここに居るんだから」
イルカは、疑問符のつまったような顔をした。
「オレがスリ―マンセンルを組んだのって、中忍になって、だいぶん経ってからなんですけどね」
唐突に始まったカカシの昔話に、イルカは、ますます訝しむ表情になる。
カカシは、イルカの腕をとって、自分の胸に抱きこんだ。
大切な大切な宝物に、大事な大事な記憶を語る。
きみの名前は、きみは、ぼくの宝物。