好きだということをカカシが告げたら、イルカは泣きそうな顔になった。
「私は、カカシさんを尊敬していますし、好意をいだいています。ですが、それは恋情に変わるものではありません」
憎悪や嫌悪なら、引っくり返して恋情や愛情に変えることが出来る。
なんとも想っていないのなら、新しい感情を植えつけることが出来る。
けれど。
ライクをラブには変えられない、とイルカは断言した。
雨が続いていた。
「今年の梅雨は入りが早いねえ」
上忍控え室で、カカシは誰にともなく言う。
「嫌な天候だよ。着るものに困るわ」
紅が、普通の年頃の女性らしい発言をする。
「こういう季節って、古傷が痛むわな」
アスマは、ぷかりと煙を吐いた。
「まったくねー。自分の傷の痛みで、正確に天気予報ができるよ〜」
「アカデミーのイルカなんざ、天気予報どこの話じゃねえぜ」
世間話の続きとして、アスマの口から出た名前に、カカシの、皮膚についたのではない傷が痛んだ。
「我慢強いから弱みを見せたがらねーけど、辛くて熱が出てるときもあるみたいだわ」
「詳しいじゃない、アスマ」
「見てりゃ、わかるって」
「趣味が湯治って、切実だったのね」
「おめえも詳しいな、紅」
「そりゃ、アタシ、イルカ先生、好きだもの」
さらりと語にされて、カカシの胸の奥がさらに疼痛を覚えた。
「まあ、イルカを嫌いな奴なんて、いねえか」
アスマが笑う。
カカシは、ふらりと立ちあがった。
「じゃ、オレ、そろそろ行くね」
「おう」
「じゃあね」
敏感なアスマも紅も、カカシのさざめく感情には気付いていないようだった。カカシは、ほっとした。
見ていても、迷惑だろうから。
イルカの視界に入らないようにしていた。
もちろん、接触も避けている。
押さえれば押さえるほど、想いは膨れあがって。
行き場を失って、カカシの内で暴れていた。
一目見て、アスマの言が正しいのがわかった。
絶対に、熱がある。
かなり、痛いはずだ。
それを、無理して、無理して、仕事をしている。
カカシは動揺した。
休め、と言えるような立場ではない。位置ではない。
気配を消して。
イルカに気付かれないようにして。
ただ、見守っていた。
何もせず、何もできず、見守っていた。
その夜、カカシは夢を見た。
はっきりと人の形をとってはいない、気配だけのような存在が、カカシに問う。
「おまえの命と引替えに、何か望みを叶えてやろう」
カカシは即答した。
「イルカ先生の痛みを取り除いてよ」
気配が揺らめいた。
「法外だな。おまえの命では、一回だけがせいぜいだ」
「あんた、ケチくさいのね。ま、いいや。一回でも。イルカ先生が楽になるなら」
「他人の痛みを一回、なくすだけの為に、己が命を投げだすか」
「どーせ、どっかで死ぬんだから。一回でも、イルカ先生の為になるなら」
カカシの、最近は痛いばかりの胸に、幸福感が満ち溢れた。
この命が、イルカの益になるのなら、いくらでも捨てる。
「痴れ者が」
気配が、嘲るように笑った。
目が覚めて、カカシは自嘲した。
なんと都合のいい夢だろう。
イルカにとって、自分は特別な存在でもなんでもないのに。
その自分の命が、イルカの為になるなんて。
なんて自分勝手な、おこがましい夢。
カカシは立てた膝の間に、頭を落とした。
「カカシさん?」
自室の扉の前で、イルカが眉根を寄せた。
その日も、鬱陶しい空模様で、イルカは辛そうだった。
気配だけを漂わせていたカカシは、おそるおそる姿を現した。
「あの。えっと。余計なことだとは、わかってるんですけど」
カカシは、巾着袋を差しだす。
「霊山でしか採れない薬草を、あの、煎じたもので、すごく、鎮痛効果が強いんです。あの、普通のと違うみたいで、薬が効かないオレにでも、わりと効いて、暗部で使ってて」
カカシは震える手で、袋を押しやる。
反射的にイルカは受け取り、ひどく困ったような顔をした。
しかし、すぐにいつもの笑顔になって、穏やかに言った。
「ご好意、ありがとうございます。お言葉に甘えて、使わせていただきます」
突きかえされる、とカカシは考えていた。
だが、イルカは大人の対応をした。
その瞬間、カカシは自分の恋が決して実りはしないことを、自分の愛情がイルカに届きはしないことを、悟った。
「お大事に、お大事に、なさってください」
カカシは、踵を返す。
背に小さく、ごめんなさい、と声がした。
ごめんなさい。
カカシは号泣したい欲求にかられた。
イルカにとって、カカシは感情をぶつける相手ではないと。
常に、理性的に対応する相手だと。
思い知らされた。
それを、イルカは詫びさえする。
I love.
But,You like.
それでも。
カカシは、自分の命と引替えに、イルカの痛みが一度だけ取り除かれる夢を見る。
夢を見るのだった。