夏が、来る
 
 穏やかであった午後の空が唐突に崩れ、雷鳴が轟いた。
 寝台に転がって本を読んでいたカカシが、身を起こす。
「洗濯物を取りこんでいて、良かったですよ」
 脇で、アンダーシャツやタオルなどを畳みながら、イルカが安堵したように言う。
 カカシは半身をのばして、イルカを背後から抱く。
「やめてください」
 イルカが、擽ったそうに身をよじらせる。
「んー、だって、雷が鳴って怖いんです」
「何を言ってるんです。その雷を素手で切れてしまう人が」
「切れても、怖いものは怖いんです」
 カカシは寝台からずり落ち、イルカも洗濯物の上に倒れこむ。
「あ、だめですよ」
 抗議の声を、カカシは己の唇で塞ぐ。
 イルカに覆いかぶさるようにして、口付けは、どんどん深くなる。
「んっ」
 イルカが甘い声を洩らしたのに満足したのか、カカシはやっと唇を離した。
 赤く上気した顔で、イルカはカカシを睨む。
「洗濯物が、だめになっちゃうじゃないですか」
「じゃ、こっち、来て」
 カカシは、イルカを寝台にひっぱりあげる。
「だめですって」
「だめは、だ〜め」
 イルカを、くるんと腕のなかに抱きこみ、カカシはにっこりと笑う。
 額宛ても口布も外した、カカシの素顔は綺麗に整っていて、そして、どことなく幼い。
 その顔に、イルカは弱い。
「ま〜た、オレの顔に見惚れてる」
 カカシは、微妙に、笑みをからかうようなものに変える。
 カカシは、イルカが自分の顔に弱いことを知っている。
「イルカ先生って、変わってるよね〜」
 そのくせカカシは、それが整っていて人を魅了するものだということを、自覚していないのだ。
 カカシのほうこそ、不思議な精神構造だとイルカは思う。
「でも、オレに見惚れてるイルカ先生の顔って、すごく可愛い。そーんな顔して、他の誰かを見惚れちゃ、だーめだからね」
 言われなくても。
 カカシ以外の誰が、見入るほどの価値がある容姿をしているというのだろう。
 
 さらり。
 
 銀髪が揺れて、また唇が近づいてくる。
 イルカは、今度は、目を閉じてそれを待つ。
 息を感じさせながら、最初は軽く。
 角度をかえて、二度、三度。
 促されて口を小さく開くと、熱い舌がしのびこんでくる。
 絡ませるように。
 貪るように。
 
 キスを交わす。
 
 キスの合間に、髪を撫でるカカシの手が愛しい。
 
 
空を割る音が、遠くで響いていた。
 
 
 あっけないほど簡単に始まった。
 廊下の端と端から歩いてきて、会釈だけして、イルカは通りすぎようとした。
 そのイルカの腕をとらえて、銀髪の上忍は、口布を下げ、額宛てを上げて、キスをした。
 いきなりのキスだった。
 イルカはあらがえなかった。あらがわなかった。
 長いキスをおえて、上忍はイルカを腕のなかに収め、低く囁く声で言った。
「好きです。一緒にいてください」
 イルカは、その銀髪の上忍の姿を見た途端に、電流に打たれたような感覚がしていた。
 彼に、そんなふうに言われることは、生まれる前から決まっていたような気さえした。
 弱く、腕の中で頷くイルカに、上忍は優しく微笑んだ。
 綺麗な顔だと思った。
 見惚れた。
 上忍はもう一度、口付けて「また、あとで」と言った。
 
 
 その「また、あとで」は、今に至るまでつながっている。
 二人で過ごす時間が当然になって、休日はどちらかの部屋にいることが当たり前になっている。
 今日も、カカシの部屋で過ごしていたのだ。
 面倒くさいから一緒に住もう、とカカシは再三、言うのだが、そうなると届を出さなければならないから、イルカは躊躇している。
 だが、結局はカカシの望む通りにするだろう自分を、イルカはわかっている。
 
 
 カカシは、腕のなかのイルカを離そうとはしない。
「だめです、カカシさん、夕飯の支度……」
「だめは、だーめって言ったでしょ」
 カカシは、イルカの服の裾から手を差しいれる。
 カカシの長い指が、イルカの皮膚をまさぐる。
 
 熱をはらませていきながら、滑るカカシの指。
 鼻から抜けるような声を、イルカは、あげてしまう。
 服を剥いでいくカカシの手の動きに、イルカは逆らわない。
 すべての布を取り払ってしまったイルカの身体に、カカシは口付けていく。
 
 身体のほうが知っている。
 次にもたらされるものを、知っている。
 早く早く、と欲しがっている。
 イルカへの刺激を滞らせないまま、カカシは自分も衣服を脱いだ。
 直接、触れ合う肌と肌で抱きしめられる。
 自分を抱きしめるカカシの腕の強さが、イルカを安心させる。
「好き。イルカ。大好き」
 耳に落とされる、低く甘い声。
 カカシが呼ぶと、自分の名さえ、何か甘いもののように感じる。
「イルカは? オレのことが好き?」
 濃紺と紅の瞳に、真剣な色を滲ませて、カカシは問う。
 イルカは、うっとりと微笑んだ。
「カカシさん、大好き」
 銀色の髪がふわりと揺れて、カカシの顔に笑みが広がる。
 
 狂おしいほどのキス。
 狂おしいほどにキスをする。
 
 カカシの細く長く、白い指がイルカの最奥を穿つ。
 ねとりと液体を塗りこませ、肉襞を探る。
 イルカは、瞳を閉じて、その違和感に耐える。
 カカシによって、初めて拓かれた場所。
 カカシだけを、受け入れる場所。
「声、出して。いいとこ、いいって言って」
 唇の両端を釣りあげ、カカシは意地悪く言う。
 イルカは首を振り、声を殺す。
「強情ですねえ」
 カカシは指を増やし、まるで鍵盤を叩くように指を動かせる。
「あっ。くっ」
「ここ?」
 とうとう洩れた声に、カカシは、その一点ばかりを嬲る。
 イルカ自身は勃起し、その時を待ちわびている。
 カカシも、己をきつく張り詰めさせているくせに、表情は涼しいままだ。
「カカシ、さん……もう」
 解放を望むイルカに、カカシは応えてやろうとはしない。
「どうしてほしいの?」
「あ」
 イルカの黒い瞳が潤んでいる。
 カカシは、イルカの口に、眦に、そっと唇を落とす。
「ね。イルカのここは、誰のもの?」
「ん……カカ、シさんの、です」
「よく出来ました。じゃ、これは」
 カカシの雄に手を当てさせられ、イルカは頬を紅潮させ、弱く指を動かす。
「……俺の、です、よね?」
「そうだよ。もっと自信、持って言ってよ。これも、これも、オレは全部、イルカのもの」
 子供のように、カカシはイルカのほほにキスをする。
「だから、イルカにあげる。オレのものは、もらう」
 充分にほぐしてあっても、その硬度と量感は、イルカの身を仰け反らせる。
「あ、ん、……ああ」
 一度、零れてしまうと、声が絶え間なく洩れる。
 深く、深く。
 埋め込まれていく杭。
「んんっ、あ、あ…ん」
 艶かしい声をあげ、黒髪を乱して頭を振り、イルカはその衝撃を逃がそうとする。
 その肩を押さえ、カカシは自身を進める。
 すべてをおさめると、イルカの汗ばんだ髪を掻き揚げてやり、接吻する。
「動くよ」
 その宣言は、イルカの耳にはっきり届いてはいないようだった。
 振動のたびに、もう押さえることのない声を出し、カカシに取りすがる。
 カカシはイルカの名を呼びつづけ、イルカの雄への行為をなす。
 イルカは喉を鳴らして、達した。
 カカシは、イルカの奥を存分に蹂躙してから、それに続いた。
 
 
 しばらくは、寝台で、抱き合って余韻を楽しむ。
 やがて、絡みつくカカシの腕を払って、イルカは浴室に立つ。
 シャワーを浴びていると、カカシが入ってきて背後から抱きしめる。
 水の滴る下でキスをして、温度の変わっていく互いの肌を確かめる。 
 
 
 部屋に戻ると、もう雷鳴は聞こえなかった。
 強い雨の音さえ、止んでいる。
 イルカは窓を開けた。
 雨あがりの宵の、清々しい空気が満ちる。
「もう、夏が来ますね」
 呟くイルカの手を、カカシが握りしめる。
「夏になったら、海に行きましょうね」
「いいですね」
 どの季節も。
 どの季節も。
 一緒にいる。
 
 
   二人で過ごす、夏が来る。
 
 
 
戻る