イルカ先生の日誌
 
○月○日
 子供を教えるというのは、ほんとうに大変だ。
 明日のことを今日やっておくとか、今日のことは明日に回そうというのが許されない。
 毎日、何が起こるかわからない。
 金髪碧眼の問題児を卒業させてからも、手の掛かる子供はいくらでもいる。
 その一人、忍術のテストで失敗ばかり、しかも態度も悪い生徒がいた。
 点数が悪いのに、平常点もやりようがない。せめて、忍術の書でも読んで、感想文を書けと言ったら、コンピュータがどうのこうの、そんな本ではだめかと言う。
「そんなもんで、勉強になるか」
 と叱ってみたものの、ふと職員室にあるパソコンの、不調が思いうかんだ。
「なあ、おまえ、ほんとうにコンピュータに詳しいのか?」
「詳しいです!」
「じゃあさ、これってわかるか?」
 詳しい先生にもわからなかった不調を、藁にもすがる思いできいてみる。
「ええ? 先生、それ、ソフト自体がおかしいよ」
 子供は、紙に筆をとって、解決法を示してくれた。
 物は試しで、職員室に戻って、その方法をやってみると、無事に直った。
 最近の子供って凄いな。
 というより、俺のパソコン知識が、子供にわかるように説明されて、やっとわかるというものだということ? ……。
 どちらにせよ、負うた子に教えられたのだ。
 きちんと礼は言わねばならない。
 次の日、くだんの子供に会った。
「おう。おまえの言った通りやったら、できたよ。ありがとな」
「先生にも、やっとおれの実力がわかったか!」
 うーん。
 さすがに、ナルトでも言わないような科白を聞かされようとは。
 これだから、教師はやめられない。
 
 
○月×日
 教壇に立って子供を教えるなどという仕事をしていると、ほんとうに、いろんなことがある。
 その日も、授業の合間に、場を和ませる余談をしていた。
 話は転がって、理想のタイプの話になった。
 女の子はませているもので、わいわいと、ああいう人がいいの、こういう人がいいのと言う。
 男の子も負けずと、言うのだが。
「おれはね、結婚てのは一生のことだと思うんですよ」
 おいおい。十歳にもならずに、その科白か?
「老後のことを考えてしなきゃならないと思うんです。おれの理想としては、年をとってから、二人で縁側で茶をすする関係です!」
 おいおい。十歳にもならずに。(以下略)
 おまえはシカマルか。
「で、先生はどうなんですかあ」
 女の子が、俺に矛先を向ける。
「俺、かあ」
 そのとき、ぼんやりと胸に浮んだ人物の名は、とても生徒には言えない。
「どういう人がいいんですか?」
「イルカ先生って、けっこうメンクイっぽいー」
「あ、わりと、そうかも」
 女の子がきゃいきゃい言うなかで、俺は、ぼそりと呟いてしまった。
「うーん、綺麗な顔のひとは好きだな」
「えー! 先生って、やっぱりメンクイなんだあ」
 生徒が騒ぐ。
「美人になんか、ぜってえ縁がなさそうなのに」
 聞こえてきた声は無視。
「イルカ先生、ほんとうに顔の綺麗な人が好きなんですか?」
 先刻の、シカマル候補生が訊ねてくる。
「どちらかというと……」
 俺が、答えると、その生徒は立って、ぴしりと俺に指を突きつけた。
「見そこなったぜ! 先生!」
 いや、だから。
 そんなナルトでも言わないような……。
 これだから、教師はやめられない。
 
 
○月△日
 アカデミーで教える以外に、アカデミーを維持する受付の仕事もある。
 これが、授業とは違う神経を使う。
「イルカ先生」
 銀髪で、長身痩躯の上忍が来た。
「なんですか?」
 俺は、受付モード全開の笑顔を浮かべる。
「ナルトがね」
 その名を聞いた途端、俺は教師本気モードの顔になる。
「何をしました?! あいつ。昨日も、あんなに生半可な術は使うなって、説教しといたんですが!」
「いえ、そうではなくて」
「すいません。俺の教育が行き届かなくて。手紙もちゃんと書けないでしょう。挨拶もろくに出来ないし」
「いや、だから」
「すみません、ほんとに。もう、アカデミーに返してください。どうしても手に余るようなら。なんなら、俺がぶん殴りに行きましょうか」
「ひどいってばよ! イルカ先生!」
 むくれた声がして、長身の陰から金髪が飛びでてくる。
「ナルト! いたのか」
「いたってばよ! 今日は、俺の初給料日なんだってばよ!」
 銀髪の上忍が、金髪を撫でる。
「どうしてもイルカ先生にご馳走したいって言ってね。それを、自分で言うのが恥ずかしいらしくて、オレに言ってくれって」
「ナルト……」
 俺は胸が詰まった。
 ああ。子供はいつまでも子供じゃない。
「そうか、ごめんな、ナルト。おまえも、いっぱしの忍者だもんなあ」
「へへっ」
 ナルトは、鼻の下を擦る。
「一楽くらいっきゃ行けねえけど。イルカ先生、行こうってばよ」
 ナルトが腕をひっぱり、火影様が頷いてくれ、銀髪の上忍に手を振られて、俺は、教え子の初任給でご馳走してもらったのだった。
 
「で? 味はどうでした?」
「あんなに美味いラーメンは、食べたことないです」
「でしょうねえ」
 銀髪の上忍は、くすくすと笑う。
「あ、でも、すみません。あの、俺だけ」
「いーんですよ。オレは、三人から、なんだか感謝の接待を受けましたんで。こーんな特典があるから、スリーマンセルの教官、みんなやるんですねえ」
「そういえば、カカシさんは、スリーマンセルを持ったの、初めてでしたね」
「そーですよ。だから、オレも教官としては初任給なんです」
「あ。じゃあ、何かご馳走してくれます?」
「いーえ。オレがご馳走してもらうんです」
 濃紺と紅の瞳で、上忍はにっこりと笑う。
「ね? 可愛い教え子を任せている担当教官には、たっぷり接待しておかないといけないでしょ?」
 そんな理屈、聞いたこともない!
 と叫ぼうとした口は、形のいい唇で塞がれてしまって。
 
 あとは、もう日誌には綴られない時間。
  
 
 
 
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