IRUKA
イルカが、ふと寝苦しさに目を覚ますと、ベッドの脇に少年が立っていた。
ナルトやサスケより、いくぶん年上といったところだろうか。
「どうしたの?」
イルカは問いかける。
こうしたことに、イルカは驚かない。
以前、下忍になった卒業生が、こんなふうに立っていたことがある。
そのときは、何も言わず、すぐに消えてしまった。
その卒業生が殉職したという知らせが入ったのは、次の日だった。
来てくれるなら何でもいい。生前の姿を留めていなくても。
生者の精気を吸いにきたのであってもいい。
自分のもので良ければ、いくらでもあげる。
イルカは、起きあがって少年を招く。
「……せんせい、どこ?」
その少年は言った。
「オレも先生だよ」
少年は不思議そうに、少し首を傾げて、イルカの傍にやってくる。
その首の傾げ方に、イルカは覚えがあった。
だんだんと目が慣れてきた。
少年の、満月の明かりに照らされる銀色の髪と、濃紺の瞳とが知れる。
「どうしたの?」
イルカは、重ねて問う。
「先生がね、いなくなっちゃったんだ」
少年が言う。
「そうか。それで、さがしているんだね」
イルカは、優しく語をつなぐ。
「うん。でもね、さがしても、どこにもいないんだって。
英雄になったんだって」
イルカは、少年を抱きよせる。
「そういうときはね、泣いたほうがいいんだよ」
「泣くの?」
少年は、濃紺の瞳で、イルカを見あげる。
「そう、泣くんだよ」
「……泣いたこと、ないんだ」
「じゃあ、今、泣いてごらん」
イルカは、少年の顔を胸に押しつける。
長い時間の後、少年は泣きだした。
泣きだすと止まらなくて、いつまでも泣きつづける。
イルカは、少年の背を、ずっと撫でている。
やがて、少年は、しゃっくりのようなものを引きずって、泣きやんだ。
涙で濡れた目で、イルカを見る。
「お兄さんも、泣いたことある?」
「あるよ。オレの父ちゃんと母ちゃんが、死んだとき」
「そうか、お兄さんも、父ちゃんと母ちゃん、いないのか。
オレもいないんだ。……先生もいなくなった」
「オレがいるよ。オレも、先生なんだって言ったろ?」
イルカは、少年の溢れる涙を、指で拭った。
「だからね、いつでも、ここにおいで」
少年は、少し、笑ったように見えた。
そして、後には、月明かりだけが残っていた。
KAKASHI
「こんばんは」
家に入ろうとしたカカシの服の裾を、何かが引っ張った。
振り向くと、小さなこどもが、可愛らしい声で言った。
「えーと、どこの子?」
カカシは、眠たそうな目で、こどもを見る。
こどもは、にこにこ笑っている。
黒髪に黒い瞳。どこかで見たことがあるような。
「だめでしょ。ちっちゃい子が、こんな時間に出歩いちゃ」
言いながら、カカシは警戒を怠らない。
忍の世界では、ほんの幼児が暗殺者になることだってある。
「お兄さんがね、来てって言うから、来ました」
こどもは、愛くるしい笑みを浮かべて言う。
「ふうん。じゃ、ま、入る?」
カカシは、思いきってこどもを抱きあげた。
部屋のなか、電灯の下で見るこどもの顔は、カカシが愛しく想うひとに驚くほど似ていた。
というより、そのものだった。
「んー、どうしたらいいのかな。この展開って」
カカシは、頬をかく。
「泣いてください」
こどもは言う。
「え?」
カカシの動作が止まる。
「お兄さん、泣きにいったのに泣けなかったでしょう?
お酒をかけてきただけだった。だから、来ました。
泣いてください」
カカシは、小さなこどもの、小さな顔をじっと見る。
そうして、しばらくしてから。
「いいんだよ、もう。ちゃんと泣いたから。泣くべきときにね」
カカシは、こどもを抱きしめた。
小さなこども特有の、高い体温が、カカシの気持ちを和ませる。
「だからね、今度は、あなたが来たいときに、おいで。
いつでも待っているから、ここにおいで」
こどもは、無邪気な純粋な笑いを見せた。
そして、カカシの腕のなかに、温もりだけを残して消えた。
今宵は、満月だ。
FUTARHI
満月の日。
木の葉の里では、その日、苦痛と悲しみに満ちた記憶を持つ。
「イルカ先生」
「カカシ先生」
二人の部屋の、ちょうど真ん中地点くらいで、カカシとイルカは出会った。
「どうしたんです? こんな時間に」
異口同音に言ってから、顔を見合わせて、どちらからともなく笑う。
「どうしても、どうしても、あなたに会いたくなったんです」
カカシが言う。
「同じです」
イルカが、にっこりと笑う。
「ダメ。ちゃんと言って」
カカシが、ちょっと拗ねたように、せがむ。
イルカは笑顔をますます深くして、語を紡ぐ。
「あなたに会いたかったんです」
人は生きていく。