その夜、カカシはひどく遅くに、一緒に暮らしているイルカの部屋に帰ってきた。
「寝ててもらえば良かったのに」
心底、申し訳なさそうな目でイルカを見ながら、カカシは酒くさい息を吐く。
イルカは、明るく笑う。
「持って帰った仕事もあったんで。珍しいですね。上忍会でこんなに遅くなるなんて」
「イノシカチョウオヤジーズが帰してくれなかったんですよ〜。ま、オレはあの人たちには逆らえませんし」
「さすがの元暗部でも、先輩上忍には逆らえませんか」
「というより、親の因果が子に報い、可哀想なのはこの子でござい、てので。オレの父が、あの人たちの若いときにやったことが、オレに返ってきてるんですよね〜」
カカシはまた、酒精の混じる嘆息をした。
「サクモさん、新しい指令書ですか?」
真剣な顔で紙片に見入るサクモに、声を掛けたのは奈良シカクだった。
「わ、シカク! 馬鹿!」
「余計なこと!」
サクモを遠巻きにしていた秋道チョウザと山中いのいちが、頭を抱える。
頭脳明晰で、戦略戦術に長けているはずのシカクだが、ときとして、全く何も考えずに行動する。
案の定、サクモは、紙片をシカクに見せ、留まるところを知らないトークを炸裂させた。
「見て〜、これ。うちのカカシが描いたのよ。オレの顔だって。凄く似てるでしょ? 似てるだけじゃないよね。カカシの年にしたら恐ろしいほどの芸術性が滲みでてるっていうか〜。あの子の天与の才って、忍術だけじゃないみたいね。ああ、絵描きになりたいとか、言い出したらどうしよう? オレとしては、忍になるより、芸術家になってくれるほうが嬉しいのよね。でも、美学校って、なんだか凄くお金が掛かるんでしょ。専門の絵の具や紙なんてのも、高価なんだってね〜。どうせだったら、国一番の学校にやりたいし。オレの稼ぎが悪くて、学校にもやれないんじゃ、情けないしねえ。やっぱり、ギャラのいい任務、もっとしなくちゃ、と思って〜。こんな割に合わない戦争、さっさと終わらせたいよね〜」
描かれているのは、幼児にありがちなクレヨンの線画で、これのどこに芸術性を見出せばいいのか、シカクには、さっぱりわからない。
チョウザにもいのいちにも、わからないし、たぶん、サクモ以外には、誰もわからない。
さんざんに親馬鹿、というより馬鹿親の戯言に付き合わされている最中に、敵襲が告げられ、やっとイノシカチョウは解放されたのだった。
「いや、あのときばかりは、攻めてきた敵が神様に思えたさ」
「俺ら三人がかりで、今、おまえさんに話してるのより、サクモさんひとりで、おまえのことを語りたおした量と時間のほうが多いぞ」
「そうそ。戦場に出てくるカカシと、サクモさんの言う「うちの子」は別人と割り切ることで、俺たちは精神の平衡を保ったな」
こうなっては、カカシは黙って杯を受け、親になったイノシカチョウが、子供自慢をしたいだけするのを、拝聴するしかないのだった。
「おかげでね、オレ、担当上忍のアスマより10班の子の生い立ちに詳しいですよ。なんの因果で、って、親父の因果なんですけど。オレね、木の葉の白い牙の「白い」は、髪の色とか白光刀じゃなくてね、その場の空気を白くする、じゃないかと思いますよ」
「確かに、親の因果が子に報い、ですね」
イルカは、くすくす笑う。
「カカシさん、弟子馬鹿ですからね。ナルトを意外性?1というのはともかく、サクラを里一の切れ者、サスケを木の葉?1ルーキーなんて、言ってるらしいじゃないですか」
「え? だって、それは事実でしょ」
真顔で言うカカシに、イルカは声をあげて笑った。
親の因果が子に報い。
因果は回る水車。
しかし、ここで回っているのは、因果と嘯いてみた愛情。
シカクもチョウザもいのいちも、今ではタブーとなっているサクモの話を、そんなことは知りもしないというように語る。
サクモが若い芽であった彼らを守ってきたように、大人になったイノシカチョウは、後ろ盾を失った若すぎる上忍であるカカシを、かげから支えてくれた。
自分たちの子供たちへの愛情を語りながら、カカシに教える。
彼がどんなに父に愛され、父に幸福を与えた子であったかを。
そして、大人になったカカシは、自分に託された子に、父や先輩たちに負けないだけの愛情を注いでいる。
回る回る、水車。
そんなカカシを理解し、愛してくれる唯一の人には、量が多すぎて、水車も傾いて回らなくなるほどの愛情を。