いちばん大事な人を
 
目覚めたサスケが激したのは、ナルトからラーメンとイルカの匂いがしたからである。
 
 
イルカの匂い、というのは正確ではない。
気配でもない。
残り香ではなく、残された雰囲気とでもいうのだろうか。
言葉にはしづらいが、たぶん、アカデミーの子供たちにはそれが何かすぐに理解できるだろう。
イルカ先生に叱られた後は、先生が去ってからも、そこに何かが残っているようで悪戯を続けることは出来なくなるし、逆に、ほめられた後は、ずっとその場所に何かいい物が残っているような気がする。
 
サスケがまだアカデミーの生徒であった頃、イルカの教え子で、わりと早くに昇進した若者が、恩師に会いに来たことがある。
纏わりつく子供たちの相手も、機嫌良くしてくれた。
彼は言った。
ーイルカ先生ってさ、いなくても、いるよな。
生徒たちは大きく頷く。
彼は笑った。
ーでもな、おまえら。イルカ先生の良さってのか、有り難味ってのか、そういうのが、ほんとうにわかるのは、卒業して任務をするようになってからだぜ。
サスケは、その若者を憎んだ。
誇らしげに、サスケが知りえないイルカを語る若者を憎んだ。
少し早く生まれたに過ぎないのに。
強くなりたい、と思った。
弱い自分を憎んだ。
常に心のなかに抱えている苦しみと復讐のためだけではなく、あの若者が得意げに喋る口を封じるために、強くなりたいと思った。
(すぐに、アイツより上にいってやる)
サスケは胸の内で誓う。
 
サスケは知らなかった。
それが嫉妬からだということを。
 
サスケは一番だった。
いつもいつも、イルカがそれを褒めてくれた。
ーサスケは才能があるうえに、よく勉強も修行もするからな。
ーまた一番だな。俺の自慢の生徒だよ。
強くなりたいだけだ、と興味もなさそうに答えるだけだったが。
嬉しかった。
ーちゃんと、食うんだぞ。
ー独りだと、つい手を抜いちまうからな。一緒に食ってくか?
イルカの、ずっと一番の生徒でありたいと思った。
イルカの一番でありたいと願った。
 
 
でも。
卒業してから、イルカがいちばん心配しているのはナルトだった。
ナルトも屈託なく、イルカの背に抱きついたり、ラーメンを奢ってくれとねだったりする。
同じようには。
出来なかった。
ナルトを憎んだ。
 
そして。
「ねえ、ナルトの心配ばかりでなくて、オレの心配もしてくださいよ」 
サスケの胸の内を声に出したような言葉を、イルカに向かって吐く男がいた。
銀髪の師。
木の葉最強といわれる上忍。
はたけカカシ。
「なぜ中忍の俺が、上忍のあなたを心配せにゃならんのです」
「心配にならない? 怪我してないかな〜とか、病気になってないかな〜とか」
「心配しませんよ」
「え〜」
「信頼してますから。あなたが信じられなかったら、木の葉で信じる人なんか、いなくなるじゃあ、ないですか」
そう答えたイルカの頬が、かすかに紅潮していたことを、サスケは見逃さなかった。
サスケは気配を消して、物陰にいた。
イルカは気が付いていないようだったが、カカシは知っているような気がした。
わかっていて、見せつけた気がした。
サスケはカカシを憎んだ。
 
 
実の兄イタチに破れ、やっとツナデに目覚めさてもらったサスケが激情を押さえられなかったのは。
 
ナルトがイルカとの絆を示して、現れたからだった。
 
自分は弱い。
欲しくて欲しくてたまらないものを、ナルトは着々と手に入れていく。
憎かった。
 
憎かった。
イルカに信頼されているカカシが。
 
 
「あんたの大切な人間を殺してやろうか」
 
 
その言葉は、欲しくて欲しくてたまらない大切な人を手に入れられないジレンマからくるもの。
ナルトが、カカシが、憎くて。
 
 
「もう、みんな殺されてる」
 
 
「オマエにもオレにも、大切な仲間ができただろう」
 
 
サスケは知った。
 
自分が恋うていることを。
イルカを恋うていることを。
そして、その想いが決してかないはしないことを。
一瞬のうちに、悟った。
 
憎いのではなく。
羨ましかったのだ。
 
 
強くなりたい、と心底からサスケは望んだ。
この苦さを越えられるほど、強く。
 
 
イルカの笑顔が脳裏に浮かび、いつまでも消えなかった。
 
 
 
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