事後の余韻が残る身体をひきずって、イルカは浴室に向かった。
シャワーから零れる湯も、皮膚に甘い。
愛するひとと肌を合わせるということは、こんなにも身にも心にも歓喜を呼ぶものなのか。
心持ち両の口角を上げ、イルカはボディソープを手に取る。
全身を泡だらけにして洗い、湯をかける。
ひあああああああああああああああああああ。
浴室からあがった悲鳴に、寝台でうとうとしていたカカシは跳ねおきた。
しまった。
注意しておくのを忘れた!
全裸のまま、カカシは浴室にとんでいく。
イルカはシャワーの下に蹲っていた。
事後に、沁みるなんてもんじゃない。
この痛さは、人生ベストスリーに入る。
レッド・オクトーバーは、ロシア語でクラスヌイ・アクチャ―ブリ。
それが、なんだってんだ!
華原朋美の、前の芸名は遠峰ありさ。
だから、そんなことは、どうでもいいって!
あまりに怖かったり痛かったりすると、こんなもの覚えていても全くなんにも役に立たないということを、思い浮かべるのは何故なんだろう?
と、考えること自体がどうでもいい。
「イルカ先生! 大丈夫ですか?」
心から気遣ったようなカカシの声がした。
「そのボディソープ、上忍石鹸っていって、超爽快メントールなんで気をつけてください……って、遅かったですね」
「遅かったです」
涙目ながら、応対できる程度に痛みは薄らいできた。
「ま、よく洗い流してください」
その助言に従って湯を浴びる。
湯は温かいのに、すーすーしてきた。
「凄い効き目ですね」
「メントールをぶちこめるだけぶちこんだ、労働する男の石鹸なんで。
なにしろ、キャッチコピーが『任務のお供に、「上忍石鹸」
※注 任務後のみならず、目つぶしとしても使えます(推奨)』ですから」
確かに、これが目に入ると、そうとう痛いはずだ。
よく見ると、上忍石鹸ー肌上等と上忍石鹸ー髪上等が並んでいる。
シャンプーらしい髪上等を、試してみる勇気はイルカにはなかった。
「オレもね、任務の後にしか使わないんですよ」
ついで、という感じでカカシも浴室に入ってきて、シャワーの下に立つ。
イルカは場所を譲った。
先に出て、イルカは寝台に倒れた。
あまりに爽快で、夏とはいえ寒いくらいなので、布団にもぐりこむ。
カラスの行水でカカシが帰ってきて、当然、という様でイルカの隣にすべりこみ、身体を抱きこむ。
「痛かったでしょ。ごめんね。大丈夫?」
「はい。もう大丈夫ですから」
寒いから、と言い訳して、イルカもカカシの背に腕を回す。
「何です? あれ?」
「紅が見つけてきましてね。荒事をやる外勤の連中にぱあっと広まりまして」
「刺激が強すぎます」
「でも、紅姐さん、あれで顔を洗うんですよ〜。気分がしゃきっとするって。その後に美白だ、なんだって塗っても白々しいっていうか、なんていうか」
「くの一って、やっぱり怖いです」
「いや、それは紅以外のくの一に失礼ですって。アンコは、黒糖石鹸とか、蜂蜜石鹸とか使ってるらしいですよ」
「……美味しそうですね」
紅とは別の意味で怖い、とはイルカは口に出さない。
「ま、非常食に使えるってこたあ、ないでしょうが」
カカシはのったりと続ける。
「で、アスマが刺激を求めすぎというのか、姐さんに面と向かって、あれで顔を洗うってのあ、よっぽど面の皮が厚いんだなって言って、グーで殴られてました」
恐るべし、上忍石鹸。
と、イルカは口に出しはしなかったが。
「あ、まだ寒い? イルカ先生。暖めようか」
と、不埒に動く上忍の手を、イルカはぴしりとはたいた。
任務の後に使うというのは。
血や硝煙や、そんな物騒なものや、匂いや感触などを洗い落とすということで。
それを思うと、切なくなるけど。
それで顔を洗う、と聞いてしまったら。
どうしても、まじまじと見つめてしまいそうなので。
次に紅に会うときには、気をつけようと強く決意するイルカであった。