忍が駆ける。
影が木の枝に止まり、低い声を発する。
「山」
「川」
別の声が答えて、先の声が安堵の息を吐く。
「何事かと思いましたよ〜」
「しっ! 声がでかいです」
「あの〜、なぜ任務でもないのに、こそっと式を飛ばしてきて、隠れてこそこそ会わなけりゃならんのです?」
「仕方がないじゃないですか。このくそ忙しいときに、風邪を引いたって嘘をついてアカデミーを休んだんですから。本物の風邪やインフルエンザでバタバタ人が倒れてるときに」
イルカは、腹部に手を当てる。本来が生真面目なだけに、申し訳なくて胃が痛んでいるらしい。
「う〜れ〜し〜な。そこまでして、約束を守ってくれたなんて」
カカシは口布を降ろし、いとも幸せそうに微笑む。
「生きてるだけで、めっけもんですからね」
イルカはカカシの顔を見ないで、手を取り、ぐいと握った。
山里は、今が梅の花の盛りだった。
あえかな香が、二人を包む。
木の葉崩し以降、上中下を問わず忍は休む間もなく働いた。
一緒に暮らしていてさえ、廊下で会って、久しぶりと挨拶を交わすカカシとイルカだった。
そんな去年の今頃、イルカは任務帰りにこの梅の里を通って、その見事さに感嘆したのだ。
どうしてカカシがいないのか、残念を通り越して腹立たしくなった。
そして、誓った。来年の満開を、二人で見ようと。
どんなに美しいものも、あなたがいなくては意味がない。
美しければ美しいほど、隣にあなたがいなくては意味がない。
あなたに見せたい。
去年(こぞ)の梅は散ったが、今年は二人で見ることが出来た。
長身の男二人は、しばらく無言で幻想的とも言える満開の梅の花に見とれた。手を握り合ったまま。
しのび逢いの後には、残業が待っているけれど。