イルカ先生の失敗
 
 好きではある。
 もちろんのこと。
 でなければ、わざわざ同性とお付き合いなるものをしやしない。
 
 けれど。
 
 てめえで働いて、てめえの口を養う社会人だ。
 大の大人だ。
 四六時中、愛だの恋だの唱えて、生きてられるかっての!
 
 それが、木の葉の隠れ里が誇るスーパーエリートさまには通じない。
(よく考えると、隠れている里が誇る人材ってのも変だけど) 
「オレは、24時間365日、閏年のある年は366日、イルカ先生と一緒にいたいです」
「他の人を見ないで。ほんとうは、仕事でだって嫌です」
「どうして、慰安旅行なんか行くの? 行くなら二人で行きましょうよ」
 ……疲れる。消耗する。苛々する。
 
 腹が立つのは、こんなにイルカを鬱陶しくさせておきながら。
 当の本人は、きっちりと任務をこなしていることだ。
 評価を落とすこともなく。
 
 
 ある日、突然、イルカは思いついた。
 
 
 どんなに文句を言っても、カカシには、イルカの気持ちが通じていない。
 ならば。
 こちらから、とことん、うざったくしてやろう。
 自分が同じ目にあって、はじめて、相手の心情がわかるに違いない。 
 自分がされて嫌なことは、相手にも、してはいけません。
 一時代前の教育法を、イルカは実践することにしたのである。
 
   人前だろうが、二人きりだろうが、べたべたべた。
 今日は何をした、明日は何をする、と、煩く干渉や確認。
 道ですれ違っただけの相手にも嫉妬。
 
 やってるほうが披露困憊する拘束を、イルカもしてみたのだ。
 カカシも怒り出し、いいかげん嫌気がさすだろうことを予測して。
 
 しかし。
 
 イルカが対応しているのは、カカシであった。
 
 
「ねえ。最近、カカシ、妙に機嫌がよくない?」
「ああ。絶好調ってかんじだな」
 上忍控え室で、紅は自動販売機の紙コップを片手に、アスマは煙草をくわえ、同僚についての感想を交換しあっていた。
「なーに。オレのこと?」
 そこに、当の本人が、のったりと現れた。
 幸せオ―ラいっぱいの忍者を、紅もアスマも、不気味そうに見上げる。
「調子、よさそうだな」
 いやいやながら、アスマが声をかける。
「んー、その通りだよー。仕事も私生活も順風満帆〜」
 カカシは、どっかりとソファに座り、満足した猫のような目をする。
「イルカ先生ってば、可愛くて♪
 あのね、いつでもオレが側にいないと、だめなんだよ?
 ちょっとでも離れると、泣きそうになるんだよ。
 それでね」
「あ、俺、任務の途中だったわ」
「私も、用事が」
 みなまで聞かされないうちに、アスマと紅は席を立つ。
 イルカが泣きそうになっているのは、別の理由だろ。
 そう、突っ込みたいのを、必死でこらえて。
 そこにタイミング良く、というか悪くというか。
「アスマ先生、紅先生、下忍担当教官は……わああっ」
「イルカ先生〜♪♪」
 やってきたのは、何やら憔悴した印象の中忍だった。
「わかってる。火影さまのところに行くのね」
「先に行ってるから」
 縋るような黒い瞳に、心の中だけで合掌した。
 紅もアスマも、そそくさと逃げるようにその場を去る。
「イルカ先生てば、そおんなに、オレのこと心配しなくても。
 大丈夫ですよ〜。いつでも、オレはイルカ先生のことしか、考えてませんから」
 背後に響く幸福度MAXの声が、中忍の哀れさをなおのこと引き立たせた。
 
 
 イルカ先生は失敗した。
 相手は、カカシだったのだ。
 イルカを求めて求めて、もう少しで狂うところだったほどの。
 
 失敗の責任をとらなければならないのも、大人である。
 イルカ先生は失敗した。
 
 でも、心の奥底では、ほんの少しだけ、こんなカカシを愛しくも思ったり。
 俺がいなくちゃ、どうにもならない生き物だから。
 ほんの少しだけ、だけどね。
 
 
 
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