男の罪
 
それは、サスケが里を抜け、ナルトが修行に旅立ち、サクラが綱手に弟子入りし、大騒ぎであった里も幾分、落ち着いてきた頃であった。
仕事帰りのイルカを呼びとめたのは、ガイだった。
「頼みがあるのだが」
挨拶も世間話も前振りもなく、本件から入ってくる。
そんなガイがイルカは好きだった。ガイもイルカを気に入ってくれているようだ。
「なんでしょう? 私に出来ることでしたら」
多少の無理でもきくつもりだった。
ガイは、重々しく頷く。
「うむ。イルカにしか出来んことなのだ。カカシに甘えてやってくれんか?」
あまりにも予想範囲外の言葉に、イルカは動きを止めて目をまん丸に見開く。
「カカシと共に熱い青春を送るおまえだ。今更、おれが言わずとも、カカシの性格や性情は知っていよう。初めての教え子をこんな形で巣立たせて、平気でいられるような男ではない。だから、熱情でもってわがままを言い、甘えて、さんざんにカカシをてこずらせて、寂しさを紛らわせてやってほしいのだ。頼む」
一息に言われ、頭まで下げられ、イルカは恐縮する。
「ガイ先生のお頼みというだけではなく、私としてもカカシさんをお慰めすることに吝かではないのですが、しかし」
「そうか。引き受けてくれるか!」
ナイスガイのポーズで、白い歯をきらめかせられ、イルカは「しかし」の後を続けられなくなった。
交渉上手な人だ、と思う。強引なようで、きちんと相手に選ばせ、しかも逃げ道を塞いでいる。
カカシより強い、の自負は伊達ではない、とイルカは感嘆した。
「わかりました。精一杯、わがままをつとめます」
いつのまにか、イルカは言っていた。
「頼んだぞ! 良いか、史上最高のわがまま男になるのだぞ!」
ガイの励ましは、どこまでも濃かった。
 
一応、なんというか、実際、カカシと恋人同士を張っているイルカだ。
ガイの言うとおりカカシの気質はわかってきていて、表には出さないが、彼が気落ちしていることも感じていた。
言われるまでもなく、慰めることが出来るなら、なんでも為す覚悟はある。
しかし。
しかし、なのだ。
両親共に忍の家庭で、しかも、その両親を早くに亡くしてしまったから、並以上に、きちんと世間に恥ずかしくなく生きよう、と自らを律してきて、他人にわがままを言うなど経験がない。
それでも、必死で考えてみた。
一楽でラーメンが食べたいです。→いつも通り。
豚まん、買って下さい。→パシリじゃないんだから。
部屋の掃除してください。→言う前にしてくれている。
いかん。小市民の発想すぎる!
イルカは自分の発想に限界を感じ、「わがままに生きる!」という特集にひかれて、里でかなりの部数を誇っている女性誌をあがなった。
男にモテたい。→モテたくないです。
素敵な恋人が欲しい。→素敵すぎて、困っている。
結婚したい。→これは無理だろ。いや、カカシさんなら、無理にでも里の法を変えそうだ。そんなことになったら、事務処理で苦労をするのは俺だから、絶対に却下!
高級住宅地に広い庭のある一戸建てで、犬や猫を飼い、優しく甲斐性のある夫と可愛い子供と暮らしたい。→暮らしたくない。今のアパートでいい。忍犬と忍猫と子供には毎日、接している。夫は上記項目に同じ。
お金が欲しい。→そりゃ、欲しくなくはないが、別に今、不自由しているわけでなし、ゼロの桁が違うカカシさんの通帳を渡されたときには、本気で心臓が止まりそうになって、慌てて俺の見えないところにしまってもらったくらいだ。そんなものは欲しくない。
綺麗になりたい。→変化の術を磨けばいいんじゃないか?
充実した仕事と趣味が欲しい。→ある。
友達がほしい。→いる。
健康になりたい。→健康だ。
おいしいものが食べたい。→毎日、食べてる。
美しいものが見たい。→毎日、カカシさんの顔を見てる。
温泉に行きたい。→これだ!
やっと、イルカは活路を見出した。
湯治が趣味のイルカである。
あれこれ、カカシと行きたい温泉をさがしているうちに、気分はすっかり温泉情緒で、なにやら身体が熱くなってきた。
想像だけでのぼせるなんて俺ってお手軽、と、イルカは自分が哀れになる。
「イルカ先生、ただいま〜」
一緒に暮らしているわけではないのだが、そう言ってカカシはイルカの家にやってくる。
まあ、事実は一緒に暮らしているようなものなのだが。
「カカシさん、お帰りなさい。ちょっとお話が」
イルカが言い終わるより先に、カカシはイルカの身を抱き寄せ、額宛を外して、イルカの額に自分のそれを当てる。
「熱がありますよ」
荘厳なまでの口調で、カカシは宣する。
「あの、これはですね、その」
困って手を振るイルカをカカシは軽々と抱きあげ、寝室に運ぶ。
「過労ですよ。イルカ先生ときたら、自分の身体にはかまわないんですからね。まったく、ある意味、子供より手が掛かりますよ」
嘆息まじりに言われ、後は、有無を言わさぬ手厚い看病体制に入ってしまった。
下手な考え休むに似たり。
まさに、その通りだなあ、とズレたことを、体温計をくわえたままイルカは思う。
イルカの世話を焼くカカシは、どことなく生き生きしていた。
まあ、所期の目的を果たしたからいいか、ガイ先生も承知してくれるだろう、とイルカは自らを納得させる。
「ほんとうにね、あなたは働きすぎ。今度の休みは、ゆっくり温泉に行きましょうね。イルカ先生が好きそうなところ、教えてもらったんですよ〜」
ああ、そうか。
イルカは眠りに落ちていきながら、理解する。
俺が言う前にカカシさんが気付いて為してしまうから。
わがままが発生しないだけで。
実は、俺は凄くわがままな男かもしれない。
自己分析に至る前に、イルカは夢の世界に掬いとられてしまったので、蕩けそうな顔で、カカシがキスしてきたことを知らなかった。
 
男の罪がわがままであるなら。
あまりにも幸せな罪人が、ここに二人。
 
 
 
♪わ〜がままは♪ あの唄をご想起ください。
 
 
 
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