ーあなたが嫌いになりました。
イルカが言った。
ーいいえ、最初から嫌いだったんです。
「じゃあ、じゃあ! どうして、付き合ってくれたんですか!」
カカシは叫んだつもりだった。だが、その声はひどく、しわがれていた。
ー断れるわけがないでしょう? 俺は中忍です。上忍の命令は絶対ですから。
「命……令……?」
ーでも、もういんです。俺は忍をやめますから。
あなたと付き合う理由もなくなります。
さよなら、カカシさん。あなたは、ずっと人を殺していればいい。
「待って。待ってよ。イルカ先生!」
今度は、はっきりと声が出た。
その声で、自分の声で、カカシは目を覚ました。
なんという夢。
なんという夢。
カカシは、寝台の上で膝を抱えた。
夢の中でイルカが言ったことは、自分が心の中で思っていること。
こんなにも、自分は不安なのだ。
「オレなんかを、イルカ先生が好きになってくれるわけがない……」
イルカ先生は優しいから。
優しくて強いから、オレを放っておけないだけ。
たぶん、きっと、ナルトと同じように。
愛情に飢えた子供を、放っておけないだけ。
カカシは、膝に額をつけた。
任務報告所に行くのは、気が重かった。
いつもなら、そこにイルカがいるというだけで、心が弾むのに。
馬鹿みたいだと思う。
夢を気にして、想い人の顔を見るのがこわい、なんて。
だけど、こわいのだ。
イルカが自分を嫌いになったら?
いや、ずっと嫌いであったのなら?
「お疲れ様です。たしかにお預かりします」
イルカは、いつもの笑顔で明るく労をねぎらってくれる。
これは、仕事だから?
「どうしたんです? 顔色が良くないようですよ」
イルカが、小声になって言う。
「なんでもありません。……ちょっと、寝不足で……」
カカシは口布のなかで、ぼそぼそと答える。
「そうですか。じゃあ、どうしようかな」
あとのほうは、イルカの独語になる。
「何がです?」
カカシは問う。
「いえね、煮物をたくさん、もらったんですよ。お隣から」
イルカは、いつもの笑顔を崩さない。
「よければ、カカシ先生も食べにいらっしゃらないかな、と」
「行きます」
カカシは即答した。
「よかった。一人じゃ、どうにもならない量なんですよ」
イルカは、いくぶん赤面して、鼻の傷をこすった。
可愛いなあ。
自動変換みたいに、カカシは思う。
時間を約束して、いったん別れた。
嘘のように、カカシの心は軽くなっていた。
温かい食事を摂って。
お茶を啜る頃には、カカシは笑って、夢の話ができるようになっていた。
「オレね、昨日、いやな夢を見たんです」
簡単に内容を話す。
笑いとばすかと思ったイルカは、そうしなかった。
真剣な顔で、カカシを見る。
ぞくり。
カカシの背筋を悪寒が走った。
正夢?
やはり、イルカ先生はオレのことが嫌い?
「カカシさんは」
小さく息を吐き、イルカがゆっくりと語を紡ぎだす。
「どうして、自分が嫌いなんでしょうね」
カカシから、イルカは目を離さない。
「俺がではなくて、あなたが自分に言っている言葉ですよ。
嫌いだというのは」
イルカは、額当ても口布もないカカシの素顔の、頬のラインを指で辿る。
「誰よりも強くて実力があって、頭脳明晰で、優しくて、容姿も端麗で。
人が羨むものを何もかも持っていて、誰もがあなたに魅かれるのに、
どうして、あなた自身があなたを嫌うんです?」
「……オレは、そんなじゃないです」
自分の頬を撫でるイルカの手に、カカシは自分のそれを重ねる。
「また、そんなふうに。
俺はね、あなたが大好きですよ。
こんな素晴らしい人が自分の恋人だって、世界中に自慢したいくらい」
カカシは、瞼を震わせて目を閉じる。
「夢でも許せませんね。俺があなたを嫌いになるなんて。
毎日毎日、どんどん好きになっているのに」
「ありがとう」
素直に言って、カカシは目を開き、綺麗に笑った。
「よく、わからないけれど。
大好きなあなたが好きになってくれるオレなら、
オレもオレを好きになります。
いろんなことが、オレにはよくわからないけれど。
イルカ先生が好きです。愛してます。
それだけは、わかります」
そっと触れあう唇。
やがて、熱く激しく。
肌と肌が合わさる。
夢の果てまでも。
あなたと共にいる。