仕事する男 6(完結)

キリ、と呼ばれていた男が、アイリを連れてきた。
幾分の疲れは見えるが、アイリは毅然としていた。
黒い瞳をまっすぐに、カナンに当てる。
カナンは右の紫の瞳と、あらわにしたままの左の金の瞳と、両の瞳にアイリを映した。
見えないだけ、とあっさりサーラに告白した金の瞳もアイリを映す。
アイリだけを映す。
「再会の熱烈な抱擁より、あてられますね」
くすり、とサーラが笑った。
「ご無礼の数々をお許しください。どうぞ。お行きください。お詫びの酒宴でも興じたいところですが、あなたたちはそんなものは要らないでしょう?」
「サーラ」
トラストが、緑の瞳の男の名を呼んだ。
「信じます。ミラ・カナンの言ったことを。そして、リショウを知り尽くした男、アミ・トラストを」
楽しい約束を繰り返すように、サーラは言った。
「カナンさん? 何を言ったんですか」
アイリが眉根を寄せる。
カナンが答えるより早く、サーラが語を継いだ。
「僕がいちばん欲しかった言葉をですよ。勝手に誘拐しておいて、言う筋合いではないですが、お早く願います。僕たちも、すぐにここを引き払います」
「サーラ。ひょっとして、こうなることを読んじょったのか? カナンを呼びよせるために、アイリを?」
トラストは、歯の間から押し出すようにして言う。
サーラはトラストに、綺麗な笑顔を向けた。
肩をすくめ、トラストも小さく笑いを返してから、カナンとアイリを振り返った。
「感動の再会は衆目の無いところで演じるがいい。退去だ」

来た森をしばらく行ったところで、爆発音が起こった。
ブランカの基地からだった。
その言通り、サーラは基地を放棄したらしい。
「サーラ」
俯いて、トラストが低く呟いたことを、カナンもアイリも聞こえなかった振りをした。

「ばかだ、ばかだ、とは思ってたが、ここまでばかだったたあな。どこで教育を間違えたんだろ、俺」
キース・エイボンは、金色の頭をかかえた。
「ブランカをさがしだして、サーラの前に連れていってやると約束しただと?! そ、れ、が、で、き、た、ら、世界征服も簡単にできらあ」
「痛い、痛いってば」
思い切り耳を引っ張られ、カナンは悲鳴を挙げる。
「相手方の信頼を得るのは、交渉の基本だろ!」
「結果、嘘つきになってどうする!」
「嘘つきにならない! ほんとうに見つける!」
「それで、どれだけ俺やトラストが苦労してると思ってんだよ! このばか!」
「ばかって言うほうがばかだって言ったの、キースだろ!」
こどもの喧嘩のようになってきた有様を、アイリは苦笑して見つめる。
こうしながらもエイボン大佐の頭脳は高速で回転し、事態の解決策を見出しているのだろう。
サーラはほんとうに、カナンを通じてキース・エイボンを、そしてトラストを本気にさせるために、自分を拉致したのだろうか。
有り得る、とアイリは、綺麗な男の綺麗な緑の目を思い出した。
綺麗すぎる、トラスト言うところの、革命という美酒に酔った酔っ払いなの目を。
たぶん、それは、ブランカという男の目の色を、そのまま写しているのだろう。
司令室に警告音が鳴り、キース・エイボンもカナンも黙った。
「アイリ」
キースに指示され、アイリは通信を開く。
エイボン大佐に直通の回路は、よほどのことが無い限り使用されない。
その、よほどのことが起こったらしい。
「キース」
トラストの押し殺したような声が、エイボン大佐を呼んだ。
「トラスト?」
「ユ・コが全世界に当てつけに放送しとうチャンネルを開け」
トラストの声音が切迫している。
指示される前に、アイリはスクリーンに画像を転送した。
キースは、煙草を出してくわえる。
唐突に、群集の歓声が耳を打った。
ユーア・コラルカ首都、エスト中央にあるエスト広場に壇上がもうけられ、首相、エランジュが演説している。
広場は、敷き詰められた石畳がちらとも見えないほどに、人がつめかけていた。
「我が愛する国民諸君。私は、こうして、偉大なるユーア・コラルカの次代の指導者の選出を、初の全国民による直接投票によって行うを発表できることを心からの喜びとする」
「今更、人気とりかよ、くそじじい」
キースが吐き捨てるように言った。
独裁政権を長い時間、て守ってきた、ユ・コの象徴のような男、それがエランジュであった。
「かつては同志と共に銃をとり、正義の戦いに身を投じ、偉大なるユーア・コラルカに全てを捧げてきた私も、残念ながら年老いた。我が愛する国民諸君よ、君たちが選ぶのは、私ではない」
「「「え?!」」」
キース、カナン、アイリの声が合った。
死ぬまで、いや死んでも剥製になって最高権力者の椅子に座り続けるであろうと評されている、独裁者の見本のような存在であるのに。
「諸君に、キスギ・マシロを紹介できる喜びは、先に、直接選挙について発表できる際に語った喜びを大きく上回る。私の真なる後継者にして、私さえも部下として仕えるに値する、この稀なる存在を、我が愛するユーア・コラルカ国民諸君、どうか祝福してくれたまえ。どうか、歓喜の声でむかえんことを! ユーア・コラルカ万歳!」
熱狂的な万歳の声のなか、エランジュが退き、広場は一瞬、水を打ったように静まり返った。
そこを、確かな足取りで進んでいく青年があった。
ユーア・コラルカ国民軍の礼装をまとう、黒髪、黒い瞳の、まだ若い男。
青年は、壇上に登った。
「私がここに立っているのは、皆に私を指導者として選んでもらうためではない」
涼やかな声で、いきなり男は口火を切った。
キースは、口から煙草を落とした。
キスギ・マシロという名らしい男の、言葉のせいではないようで、キースは、音も聞こえないふうで画面を凝視している。
しん、としていた広場に、さざなみのようにざわめきが広がっていく。
「国民諸君の覚悟を問いに来た。このユーア・コラルカを、大国と称されながら、領土を広げることもできず、国民諸君の生活を脅かす敵を排除することもできない、怯えた張り子の虎と化したこの国を、私と共に、名実偽りない楽園国家とする覚悟が有りや、無しや、を! このユーア・コラルカが、この世界の唯一の舵取りにふさわしい存在となるべくを、私と共に為す覚悟の有りや、無しや、を!」
徐々に、ざわめきは賞賛の声に変わっていった。
充分に時が至ったのを見計らい、男は拳をつきあげた。
「覚悟の有りし者だけ呼べ。我が名、キスギ・マシロを!」
空高くつきあげた拳に呼応するように、広場が揺れるまでもマシロコールは高まった。
狂ったような熱気が、画面越しに伝わってくるようだった。
キースの唇が動いた。
「ブランカ…」
確かに、そう言った。
「エイボン大佐」
アイリは、その腕を掴む。
「ああ、大丈夫だ、アイリ。驚いただけだ。リショウ独立に命をかけていた男が、ブランカが、なぜ、あそこで演説をぶちかましているのか、わからないだけだ」
「キース!」
カナンが叫んだ。
アイリは、今度は、カナンの腕に触れる。
髪をかきあげて、キース・エイボンは笑ってみせた。
「吠えるな、俺のガキ。ちょっと驚いただけだつったろ。カナン、やれ。ブランカの居場所はわかった。あいつをとっつかまえて、サーラに渡してやれ」
「大佐」
不安な瞳を、カナンはエイボン大佐に向ける。
「アイリもカナンと同任務だ。長期戦になる。ちと、トラストと策略を練ってくら」
制服の上着を右肩にかけ、キースは部屋を出た。
カナンは、アイリを抱きしめた。
骨が折れるほどに強く。
アイリは、無言で目を閉じる。
カナンの唇が降りてきた。
キス。
「仕事を一緒にするのは初めてですね」
なんでもないことのように、カナンは優しく笑む。
「そうですね。仕事はね」
アイリも微笑して返す。
もう、この部屋に戻ってくることはないかもしれない。
そんな予感を感じながらも、アイリは幸福だった。

世界が、大きく動こうとしていた。

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