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カカシが早朝、寝惚け眼を擦りながら居間に行くと、卓袱台の前でミナトがサクモの髪を結っていた。

ミナトは愛しそうにサクモの銀色の髪に触れ、幸せそうに笑っていた。
サクモは決して後ろを振り返らず、視線は手に持った新聞に注がれたままだったが、その横顔はミナト
と同じように、幸せそうに笑んでいた。

その光景を、カカシは何度か目にした。

いつもサクモとミナトは同じような顔で笑っていて。
二人の金と銀の髪が朝陽の欠片を拾って、きらきらきらきら。
とても眩しく、輝いていた。

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寝室で、カカシはイルカの髪を梳かしていた。
恋人らしく、イルカとベッドの上で甘くて熱い夜を過ごした日の翌朝は大抵、カカシはイルカの髪を結
わせてもらう。
ブラシで黒い髪を丁寧に梳かし、昨晩自分の手で解いた髪を綺麗に結い上げる作業が、カカシはとても
好きだった。
だからその日、イルカがこんな事を言い出した時には、とても焦った。
「ばっさり切っちまおうかなぁ」
「え!?」とカカシは悲痛な叫びを上げ、振り向いたイルカと目が合った瞬間、ブラシを片手にまた「え!?」と叫んだ。
「だ、駄目ですよっ。切っちゃ駄目です。嫌です」
ぶんぶんと首を振って否定するカカシを、イルカが不思議そうに見上げている。
「でも夏は色々面倒なんですよ」
「それなら、こうして結うのも、洗うのも乾かすのも、全部俺がやります!」
「そんなに長髪が好きなんですか?」
「そういう訳じゃないですけど…。でもイルカ先生はそのままが良いです」
イルカの髪と同じ黒の瞳が、「どうして?」とカカシに問い掛ける。
カカシはしばらく、どう言えばイルカに自分の気持ちがわかってもらえるかどうか、考えた。そして、
良い例えを思い付いた。
「イルカ先生も、俺が坊主にしたら嫌でしょ?」
てっきりイルカはカカシと同じように、悲痛な叫びを上げると思っていたのだが。
「いえ、俺は構いませんよ」
カカシの思惑は大きく外れて、イルカは実にあっさりとカカシの坊主頭を受け入れてしまった。
驚いているカカシを他所に、イルカは坊主頭のカカシの姿を頭の中で思い描いているようだ。
「坊主頭のカカシさんかぁ…。何か、想像すると可愛いですね。見て見たいかも」
楽しそうに笑うイルカを見て、カカシはほうと熱い息を吐いた。
「イルカ先生の俺への愛って、無限大なんですね…」
「そりゃそうですよ。知らなかったんですか?」
イルカは可愛らしさと男らしさを兼ね備えた人だ。その矛盾する二つの性質が仲良く合わさっている恋
人に、カカシの心は何度射抜かれた事か。惚れ直した数は数え切れない。
しかし、カカシだって負けてばかりはいられない。
「俺も別に長髪じゃないイルカ先生が好きじゃないとか、そんなんじゃないですから! 俺のイルカ先
生への愛にだって限りなんてないですよ。どんなイルカ先生だって、俺は大好きです!」
熱く語った後で、カカシは声の大きさを普段通りに落とし、「ただ」と言葉を繋げた。
「父が長髪で、人に髪を結ってもらう時、父もその人も凄く幸せそうだったから…。子どもの頃から憧れてたんです」

子どもだったカカシの目にも、ミナトがサクモの髪を結っている時、二人が特別な想いを共有している
事がわかった。
だがそれは、恋もまだ知らないカカシには、想像する事さえ難しいものだった。
今なら、わかる。
カカシはイルカと出会い、恋を知った。傍にいたい、触れ合いたい。そんな欲求も今では十分過ぎるほ
ど、知っている。
恋しい人の髪に触れるという行為は、カカシが思っていた以上に、特別なものだった。
カカシがイルカの黒い髪に指を通す時、どれほど幸せか。説明しなくても、ミナトとサクモにはわかる
だろう。髪を結い、結われる時、二人はいつも、とても幸せそうに笑っていたのだから。

二人に紹介したかった。
自分が好きになった、うみのイルカという、とても可愛くて男らしい、素敵な人を。
イルカに出会えて、恋をして、愛し合えて。
こんなに幸せだ、と、伝えたかった。
サクモもミナトも、カカシの幸せを心から願ってくれていた。
今なら、幸せだ、と言えるのに。
それを伝えたい人たちは、もうどこにもいない。

話しながらもずっとイルカの髪を梳かしていた、ブラシを持ったカカシの手を、イルカがそっと掴んだ。
「…幸せですか?」
イルカはじっとカカシを見つめ、聞いた。
カカシは眉を下げて笑い、ブラシをベッドに放って、強くイルカを抱き締めた。
イルカの後ろにある窓から、空が見えた。
師を思わせる青い空に、父を思わせる白い月が浮かんでいた。
「…はい。とっても」
イルカだけでなく、ここにはもういない二人にも届けば良い。
こんなに幸せだ、と、伝われば良い。

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跡地のアミ様より頂きました!
ありがとうございます!
ありがとうございました!
ストーカーとして(言い切った。汗)サイトに通いつめています。
そのアミさんに、こんなに素敵なお話を頂いてしまいました!!
祭だ! 祭だあ!!

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