父の日

はたけカカシがグランドピアノの前の椅子に座り、ピアノの蓋に頬杖をついて、考え込んでいた。
練習をしようと思って、居間に来たイルカは、首を傾げる。
「どうしたんですか。カカシさん」
カカシは、小さく息を吐いた。
「ミナト先生がね、六月の第三日曜日は父の日だよって、全然、さりげなくなく、お祝いを要求してきてさ」
「父の日、ですか」
両親が存命であった頃も母の日はともかく、父の日を祝った記憶が、イルカにはない。
「他人事じゃないからね、イルカも一緒にやるんだからね。先生、びっくりさせてもらうの楽しみにしてるって言うし」
カカシは頭を抱えている。イルカも腕を組んで、考えた。
ミナトがカカシの保護者であり、父代わりだというのは事実だから、父の日を祝ってくれというのは、自分から言うのはどうかとしても、まあ、いいとして。自来也と綱手の結婚披露宴、イルカの誕生日に顕著なように、この家において祝い事は、派手にやる習慣があるのも、いいとして。たいていは仕掛け人であるミナトを、驚かせるほどの何か、など、どうしたらいいのだろう。カカシもイルカも学生とはいえ軍人であり、給料も貰っているから、そこそこ高価な物を買うくらいのことは出来るが、ミナトをびっくりさせるような何か、など、買えるとは思えない。
「サクモさんと二人で旅行、というのは?」
イルカは、イズモかコテツかが、両親の誕生日だか結婚記念日だかに、自分の給料からプレゼントをしたら凄く喜んでいた、という話を思い出して言う。カカシは首を振る。
「先生は喜ぶだろうけど、オレがムカつくから、ダメ」
このファザコン息子は! と、口には出さず、心の中だけでイルカは毒づく。
「それに、先生の休みを調整するの、大変だし、父さん、ずっと具合が良くないから、旅行なんて、綱手様の許可が出ないと思うし」
もっともな理由が後から出たが、「オレがムカつく」が最大にして唯一だろう。
そう思いながら、イルカは言う。
「パーティー、します?」
「うん、オレも一番にそれを考えたんだけど、先生以上の企画、出来るかなあって」
「確かに」
ミナトが想像もつかないようなパーティーなど、企画する自信はない。
イルカは、鼻の頭の傷を擦りながら、言う。
「先生をびっくりさせるだけなら、カカシさんと俺、結婚します、なんて」
ほんの冗談のつもりだった。意識の奥底には、自来也と綱手の結婚パーティーがあったのかもしれないが。
カカシは、普段は眠たそうな目をまん丸に見開いて、立ち上がった。
「それだ! さすが、オレのイルカ! いただき!」
事態がどう転がるのか予測できず、イルカは何も言えなかった。
カカシは、外見はサクモにそっくりだが、中身はミナトにそっくりな、つまりは常識で測れない種類の人間である。そのカカシに、いったいどんな刺激を与えてしまったのか、イルカは戸惑った。

結論から言うとカカシは父の日、父たちにもう一人の息子をプレゼントしたのだった。
イルカは正式に、はたけ家の養子になった。
「ん! 今回はカカシに驚かされたよ」
ミナトは、にこにこしながら、キスをくれた。
「もう一人の、うちのこだね」
サクモもふわりと笑い、イルカの頬にキスをする。
「もお。先生も父さんも手が早いんだから! イルカはオレの弟じゃないからね。オレの配偶者だからね!」
カカシは、師と父に挑戦する如く、イルカの肩を抱いて嘆息する。
「結婚式、してもいいよね。イルカくんの純白のドレス、いいよねえ」
「なんで、先生がうっとり想像してるんですか」
理解できない会話を始めた師弟から、イルカは、そろそろと離れる。
「うちのこになった記念に、ピアノを弾いてくれる?」
サクモが微苦笑して、イルカをピアノの前にいざなう。
「はい。あの曲ですね」
イルカは、サクモが作ったピアノ曲の楽譜を、立てる。
優しい、美しい、サクモらしい、佳品。
金髪の頭と、銀髪の頭も、黙った。
ただ、ピアノの旋律が流れる。
夏休みになったら、木の葉の里に戻って、両親の墓前に詣でよう。
父ちゃん、母ちゃん、ありがとう。
俺、父ちゃんと母ちゃんの子に生まれて、良かったです。
カカシさんと出会えて、この家のこになれて、良かったです。
父の日に、父も子も、幸福だった。

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