誰かが
「とうさん!」
幼い声がして、背中に暖かく柔らかい感触がした。
困惑と驚愕で卑留呼は振り返る。
そこには銀色の髪をした、小さな小さな男の子がいた。
男の子は黒い瞳をいっぱいに見開く。
「とうさんじゃない…」
泣きそうになった男の子に、卑留呼が言葉を発するより早く、男の声がした。
「カカシ!」
「とうさん!」
男の子は、声を発した男のもとへと駆けていく。
男は、卑留呼と同じ白光の色の髪を長くして、後ろで一つに束ねている。
抱きついてきた、カカシと呼んだ男の子を男は抱きあげる。
「ごめんーね。卑留呼。カカシがオレと間違えたみたいだね」
柔らかく笑って詫びてくる男の名を、卑留呼はもちろん知っている。
木の葉の白い牙とおそれられ、その前では、卑留呼の親友である三忍さえもかすむと言われるはたけサクモ。
最強の忍者。
「あなたと間違えられるなんて光栄だ」
似たところなど、髪の色以外には何一つないのに、と心の中で付け加える。
肉体は脆弱で、忍者の才能は三忍の足下にも及ばない。
ましてや、白い牙になど。
「とうさんだと おもったの」
父の胸に頬をすりつけたまま、恥ずかしそうな顔で、カカシは卑留呼を見る。
「とうさんと おんなじだったの」
髪の色のことだ、とわかっていた。
だが、幼子の言葉は、卑留呼がサクモと匹敵する忍であると認めてくれたように思えた。
同じ。サクモと同じ。
サクモが、声を立てて笑った。
「そうだねえ。同じだね。卑留呼とカカシも、兄弟みたいに似てるね」
そう、それは、髪の色のことだ、とわかっていたけれど。
「兄弟では、年が離れすぎているだろう。父親というのは、おこがましいが」
小さな声で、卑留呼は言う。
ああ、ほんとうに、はたけ親子と血が繋がっているのなら、いいのに。
「しってるよ あのね とうさんでなくて にーにでなくて だいじなひとは ともだちなんだよ」
「友達?」
卑留呼は目を丸くした。
「うん ともだちなの」
にっこり笑ったカカシは、天使のように、可愛らしかった。
「友達…」
呟きながら、カカシを抱きしめたい衝動を、卑留呼はやっとこらえていた。
やっと、こらえていたのに。
「カカシくん! サクモさん!」
若々しい声が、親子を呼んだ。
「こんなところに居たんですか。さがしましたよ」
金髪碧眼の青年が現れた。
「ごめん、ごめん。ミナト。カカシが、卑留呼とオレを間違えてね」
「そうだったんですか。すみません、卑留呼さん。ダメだよ、カカシ。急にいなくなっちゃ」
「ごめんなさい とうさんがいるとおもったの」
当たり前のように、ミナトと呼ばれた金髪の青年は、サクモからカカシを受け取って、胸に抱く。
波風ミナト。三忍の一人、自来也の弟子で、稀有な忍の才を持ち、既に火影候補と囁かれている青年。
当たり前のように、サクモの傍に立つ。
当たり前のように、カカシを抱きしめる。
何故。
自分がその位置にいられないのか。
忍の才の違い故か。
卑留呼は唇を噛んだ。

サクモを殺した里を憎む。
火の意志そのもののような、波風ミナトを憎む。
何よりも、力が無かった己を憎む。
だから。
力を得よう。
あの男そのもののような、太陽が隠れるその瞬間に。
願うものを手に入れよう。

あなたは間違えた。
カカシが言った。
その通りだね。
肉体が軋んで、引き裂かれていくような痛みのなかで、卑留呼は素直に肯った。
長い時間の間に、願いを間違えてしまった。
私はただ。
カカシを抱きしめたかった。
父でも兄でもない、家族でないなら友達だ、と言った、純粋な存在を抱きしめたかった。
抱きしめたかっただけなんだよ。

誰かが
あなたが
泣いているから
抱きしめよう

大蛇丸が、自来也が、綱手が、猿飛先生が。
サクモが、ミナトが。
カカシが。
微笑む。
あの日を、抱きしめよう。

卑留呼は自分を支えているカカシの背を抱きしめ、微笑んだ。
時が、卑留呼を抱きしめた。

*作中で、主題歌を思わせる一節がありますが、著作権に反しないため、あえて歌詞とは変えてあります。

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