本を読む

カカシの父、はたけサクモは、本を読む人だった。
休みの日には、陽光の入る縁側寄りに座りこみ、膝にカカシをのせ、黙って本の頁をめくる。
カカシも黙って、自分の持つ本の頁をめくったり、うとうとしたり、大人しく父の膝の上にいた。
日が暮れてくると、父は慌てて立ちあがり、食事の支度をする。
小さな手で、カカシもそれを手伝う。
二人の夕食を摂ったあとは、また、父は本を読む。
床に入ってからも、隣にもぐりこんできたカカシの銀髪を撫でながら、カカシが眠ってしまっても、サクモは、まだ本の頁を繰っていた。

少し大きくなって、カカシは父に尋ねた。
父さんは、何の本を読むの?
父さんは、何で本を読むの?
サクモは、あっさりと答える。
何でも読むよ。
好きだからだよ。
父はただ、本を読むことが好きであったらしい。
知識を得たいという欲があるわけでなく。
読んだことを自慢するわけでもなく。
読むことが好きだから、読む。
だから、読んだ内容や感想を語ることもなかった。

とにかく、サクモは、読む人だった。
自来也は、原稿をサクモによく読ませていた。
丹念にそれを読み、出版されて献呈を受けたものを読み、更に本屋で見つけて購入し、また読んでいた。
感想をこわれても、面白かったよ、と一言、あればいいほうで、たいていは、読んだよ、だけ言ってにこにこしていた。
けれど、自来也は言った。
サクモが読む。読んでくれている。
それが、いちばんの支えになるときが、あるわ。
カカシは大人になってから、思った。
ただ、書く人には、ただ、読む人がいちばん嬉しいのかも、しれない、と。
書かれた物語は、読まれない限り、文字の羅列でしかないのだから。

父がいなくなってからも、膨大な書物は残されていた。
ただ、読まれることを待っていた。
カカシがその書物に触れるまでに、だいぶん、時間がかかった。
自来也の著作を全て読むことが許される年齢になって、やっと、カカシは父が読んでいた本を、書棚から抜きとってみた。
父の息吹が残っていた。
残っているような、気がした。
本は、読む人までも生かすのだな、と思った。

カカシは、本を読む人だった。
ほとんど何もない私室の、作り付けの棚にも、ぎっしりと書物が埋まっている。
「よく、こんなに読むもんですねえ」
イルカは、感嘆の声をあげる。
「なぜ、こんなに読むんです?」
他意もないふうに訊ねられ、カカシは笑って言った。
好きだからですよ。
と。

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