「Teddy bear」
(x club・kurihararisu)

はたけサクモはS級任務でも感じない緊張を経験していた。

火の国中心部にある玩具専門店。
顧客に火の国をはじめ、各里の大名やその係累、また有名人を多く抱える高級老舗玩具店は、6階建ての建物すべてが玩具だけを取り扱っている。
販売する玩具の種類も多岐にわたり豊富に揃えているが、サクモがたたずむこの場所は、この店の中でも一番の花形売り場であった。

はたけサクモはぬいぐるみに囲まれていた。

1階の半分以上のスペースをぬいぐるみが占めている。
動物園よりも種類が多いようだった。
陸上だけでなく水棲のもの、空を飛ぶもの、昆虫、あらゆる動物のぬいぐるみが集まっていた。
その上現存しない恐竜や空想上のドラゴンまで形になっていて、サクモを唖然とさせた。

はたけサクモはクマを探していた。

しかし、それは他のぬいぐるみよりもはるかに数が多く、サクモをさらに困惑させた。

はたけサクモはもうすぐ父親になる。

『子供の性別に関係なく、生まれてくる子供に、クマのヌイグルミを準備するのが父親の最大で唯一の仕事』
『1歳の誕生日までにクマのヌイグルミを用意できない父親は怠惰で薄情である』
と、先日読んだ本に書いてあった。

サクモは8ヶ月ほど前、古くから文人の家系として木ノ葉隠れの里でも旧家で名の知れた『はたけ』の一人娘と婚姻し、その養子となった。
結婚後、妻はすぐに身籠ったが、腺病質の彼女の体調は優れなかった。
サクモに血縁関係のある者はいない。
頼りになる妻の女親はすでに亡く、古風な父親は、このような問題に男親は関わるべきではないと信じていた。
最も頼られるべきはずの自分は、任務が続き家にも帰れず、何の役にもたっていないことは、本人が一番よくわかっていた。
妻はそんなサクモを非難せず、ただひたすら任務の無事を願ってくれたが、せめてその最大で唯一の仕事ぐらいは完璧にこなしたいと考えた。
任務が予定よりも早く終了した今日、自来也の弟子のミナトが教えてくれたここを訪れたのだが……。

あまりにクマの数が多く、どこからどう探せばいいのか、見当もつかない。
絶望的な気分であたりを見回すと、壁際に書棚のような木製のがっしりとした立派な棚がある。
その中にもクマがいた。
近づけばそこは、ひしめきあい、あふれるほどクマがいる他の棚とは趣が異なっていた。
ガラス扉の向こうには、ツヤツヤと毛並みのよさそうなクマが、間隔をとってゆったりと並んでいる。
小さいのまでいれてもその数およそ30。
30は充分な数だか、まだ選べる余地がある気がして、サクモはこの戸棚の中から選ぶことにした。

サクモはクマのぬいぐるみを初めてみるわけではない。
クマのぬいぐるみが『テディベア』という特別な呼称で現されることも、子供が最初に出会うテディベアを『ファーストベア』として一生大切にすることも知っている。
サクモは自分がその『ファーストベア』を所持していたことも覚えている。

サクモのクマは四本の足でたっているものだった。
顔を少し左に傾け、赤い目はガラス製で、鼻と口は黒い手刺繍が施してあった。
サクモがいつも持っていたので、耳はとれかかり、中の木毛がみえるほどに短い毛足のモヘヤはすり切れていた。
クマは首に小さな鈴をつけていた。
自分の動作に会わせて、小さな音が鳴るのがサクモは好きだった。
クマは寝台のそばで小首をかしげ、寒い夜も、食料が満足にない夜もサクモに僅かな暖を与えたが、国が滅び、身一つで闇に紛れて出奔するときに持っていけるはずもなかった。

サクモは自分の記憶にあるクマを探してみた。
しかし、どのクマも手足を前に投げだし、すわっているものばかりだ。
首にリボンをつけてはいても、鈴をつけているものもなかった。
サクモは記憶に頼るのをあきらめた。
小さくため息をつく。
ガラス扉が開いた棚から、とりあえず目についた耳に黄色のタグをつけたクマを手にとってみる。
そのとき、腕があたったのか、横のクマが棚からとびだした。
任務中ではあり得ない失態にもう一度ため息をつくと、難なく床につく前に受け止めた。
手の上に落ちるときに、くまから『ちりり』と、鈴の音がした。
不審に思い、黄色のタグつきのクマを棚に戻し、手の上のクマをよく見るが、首に鈴はない。
サクモがやさしくクマをふると、やはり鈴の音がする。
クマの中に鈴があり、その音が聞こえているようだ。
そのクマは25センチほどの大きさで、幼子の小さな手が持つには程よくみえた。
さらに観察すれば、金茶の色をはじめ、頭の横にある耳は大きく、尖った鼻や口角が上がった口もとなど、周りのクマとは違っていた。
サクモには、それを生まれてくる子供が好むのかはわからなかったが、鈴の音はきっと気に入ると思った。

サクモを囲む空気が緩んだ。

先程から声をかけそびれ、遠巻きに見ていた店員の一人が「お手伝いしましょうか?」とそばにきた。
サクモが手にしているクマを見ると、そのクマのメーカー名とブランドマークがラッキーシンボルからとったものであること、そこから『幸運のクマ』と呼ばれ、人気があることを説明した。
サクモは生まれてくる子供には、何よりも、幸いあることを願っていたので、これ以上ふさわしいクマはないと考え、包んでくれるように頼んだ。 店から出たサクモは、やはり任務では感じない達成感を経験し、はやく子供に渡したいと思った。
玩具店の包みを大切そうに抱えて、大門をくぐるサクモの姿を見た多くの者が驚き、火影の耳にまでその情報が届いた。

9月15日、母の命と引き換えに生まれた子供には、母の代わりにいつもそばにクマがいた。
サクモが幼いときと同じに、持ち主の動きに会わせて『ちりり』と、鈴の音を鳴らした。
その音は、妻を失った哀しさに、母がいない寂しさに、優しく寄り添ってくれた。

…………………………

「先輩、これ、ぬいぐるみですか? 今まで気がつきませんでした。サル?」
失礼な後輩は、本と本の間に隠れるように置いてあったクマを見つけた。
「は〜? それのどこをどう見たらサルに見えるの? クマでしょう、どう見たって」
「そうですか? クマにしてはゴールデンライオンタマリンみたいな色ですよ。それに耳も大きくて顔の横についてるし、目も顔に比べてつぶらすきませんか? なによりこの鼻と口がなんとも生意気そうで、クマには見えないですよ」
言いたいことを言いながら、いろんな角度から見ていたが
「あ〜、でも見ているうちにだんだん可愛くなってきました。生意気そうな感じが、かえって可愛いですよね。憎めないというか……ちょっとさわってもいいですか?」
テンゾウはオレがうなづくのを確認すると、クマをそっと抱き上げた。

『ちりり』と、鈴の音がした。

「えっ!? 先輩、鈴の音がしました? 中にはいっているんですか?」
クマの腹の辺りを耳に近づけてもう一度クマをふる。 その仕草が子供みたいで、愛おしく「違うよ、耳の中に鈴がはいってんだよ」と教えてやった。
「へ〜、あー本当だ。両耳にはいってますよ。可愛いな〜、生意気な顔してるけど、鈴をならしたりしてけなげですよね」
耳を触って鈴を確認し、何度かふって音を楽しむと、クマの頭を撫でてから、嬉しそうに棚にもどした。

カカシは、自分のクマの名前が、その特徴的な表情からついたことも、最初に(それは暗部に入るよりもっと前、中忍になったばかりの6歳の)テンゾウの顔を見たときに、生意気そうで可愛い顔が、このクマに似ていると思ったことも、暗部に入隊し、しばらくぶりに見かけたときには、鈴の音が似合いそうな顔になったと思ったことも、全部秘密にしておこうと決めた。

「オレ、それがないと眠れないんだよね」
テンゾウの耳元で囁くと、テンゾウの驚いた顔がなんともいえずにおかしかったので、クマをサルと間違えたことは許してやることにした。

x-clubのkurihararisu様から頂きました!
闘う魚、7度目誕生日のお祝いにと(照)
ほんとうに、ありがとうございました!

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