真理矢

奉炎が燃えていた。
木の葉神社の境内にしつらえられた舞台を守るように、四隅で鮮やかに燃えていた。
松明(たいまつ)をかざし、ひときわとおる声で、三代目火影様が呼ばわる。
「はたけカカシ、マイト・ガイ、これへ」
「は」
オレは、直衣(のうし)の袖を翻し、ガイとともに火影様の前に跪く。
「吉利矢(きりや)を舞え」
「謹んで承りまする」
ガイとオレの返答が重なり、オレたちは西と東に分かれる。
東に位置するオレに、少年が吉利矢を捧げた。
黒髪を高いところで一束にした、オレよりもだいぶん年下らしいこどもだ。顔の真ん中を横一文字に傷が走っているが、それが、かえって可愛らしい印象になっていた。
「御武運を」
作法どおりの言葉を発しながら、緊張のためか、少年の声も手も震えていた。
「つかまつる」
オレは作法どおりに言い、矢をとる。
西側でも、黒髪のこどもがガイに矢を捧げている。

この矢の名は、吉利矢(きりや)。

なぜ二本なのか、も、吉利矢という名前の由来もわからないが、里の創生よりも古くから火の国に伝わる、武運を司り土地を守る神具であるとされている。
矢の名をそのまま冠した吉利矢舞が、木の葉の里火祭りのクライマックスとなる。
吉利矢は、里の中でも、遣い手とされる若い男が舞う。
といっても、年齢に制限があるわけではないらしい。
昔、もうオレがいる年で、父さんは吉利矢を舞った。
あの姿はよく覚えている。すごく格好よかった。家に帰ってからたどたどしく吉利矢を歌ってみせたりもした。
あのとき、父さんに矢を捧げたのは、後に四代目となるオレの師だった波風ミナト先生だ。
ミナト先生が舞ったときには、オレが矢を捧げた。
そして、今、オレが吉利矢を舞うために、舞台に立っている。
ガイと視線が合って、現実を取り戻した。
足の位置を確認する。
ひときわ、炎が強くなった。
謡(うたい)が始まる。

きりや きりや あらあめの
きりや きりや えらあぞん

不思議な歌詞を持つ歌謡にのって、オレとガイとで舞う。
踊りと違って、舞は地から足を全部、離してはいけない。
舞は、すり足で行うものだ。
オレもガイも身長があるので所作が映えるだろう、と相談役に言われた。
確かに、ガイは舞台でさらに大きく見える。
オレも、負けじと手足を大きくのばした。
近づき、離れ、また近づく。
いい調子だ。
ふっと舞台の外に目をやると、オレに矢を捧げた子の顔が炎に照らされて見えた。
真剣に、食い入るように、オレたちの動きを追っている。
瞳が、驚くほどにきらきらと輝いている。
あの瞳が、オレたちを見ている。
いや、オレを。
オレだけを見てほしい、と、オレは願った。
あの瞳が、オレ以外をうつすのが、耐えられない、とも。

くえんと でだらあ きりや
どおまな あらあめ きりや

オレは、あの子に向けて舞った。里の武運長久などではなく、黒髪のあの子のために。
あの子の肩を、三代目が叩いた。
何かを言って、あの子の頭に手を当てて舞台のほうに戻す。
あの子は頷いた。
そして、笑った。
燃える炎よりも鮮やかに。

その日の火祭りを。
後にうみのイルカという名だと知った黒髪の少年を、オレは、思い出すことは無かった。
思い出すためには、いったん忘れなければならない。
オレは彼を、あの笑顔を、忘れることはなかった。
一瞬たりとも、忘れることは出来なかった。
映像も音も、空気も匂いも、全てが。
オレのなかに、いつも、在った。

寝台のなかのイルカは、清らかなくせに淫らだ。
どんなに乱れても、輝かしい光に包まれている。
「いや、あ。カカシ、さん」
オレが乳首を刺激すると、甘い声を出して身を捩じらせる。
「や、じゃないでしょ? もっと、でしょ」
言って、オレは乳頭を舌で舐めあげる。
「や!」
イルカは、さらに身をねじる。
「ほんとに、いや? やめようか?」
大真面目な顔をしてみせて、オレはイルカの顔を覗きこむ。
「いや」
イルカは、幼いこどものように首を振る。
「じゃあ、やめるね」
「や。やめたら、いや」
ますます首を振るイルカの目じりに、うっすらと涙が溜まっていた。たとえようもなく可愛くて、そそられる。
「やめたら、いやなの? だったら、ちゃんと言って。もっと。もっと、してって」
涙を唇で拭いながら、低い声を、イルカの耳に落とす。
「ん…、もっと。カカシさん、もっと、して」
思わず、オレは乳頭を噛んだ。
イルカの身が、びくん、とはねる。
股間が熱くたぎるのを、オレは感じた。
いつも、そうだ。
じらせて、恥ずかしがらせて、イルカの可愛さを堪能したいのに、オレのほうが我慢がきかなくなってしまう。
「痛かったね。ごめんね」
軽く唇にキスをして、オレはイルカの最奥と前に手をのばす。
「う、ん、んんっ」
妖しいまでの艶かしさで、イルカは声を洩らし、身悶える。
イルカのソレは、オレの掌にすぐに馴染んで硬度を増し、屹立する。
奥はオレの指に絡んで、放すまい、とする。
誰よりも清らかなくせに、誰よりも淫らなイルカ。
「ごめんね。ごめんね」
オレは、侘びの言葉しか持たない。
イルカにばかり痛みと負担を強いる行為を、オレは欲情のままに、なす。
「あ、んっ。あっ、ああっ」
イルカの呼吸が乱れ、喘ぎが口から出る。
キツい。
オレのは、イルカの狭いそこには辛いらしい。
けれど、イルカは、痛くない、と必ず言ってくれる。
熱い。イルカの中は熱くて、オレの性器はとけてしまいそうだ。
「達こう? いっしょに」
腰を打ちつけるのと、イルカのソレを擦る速度をはやめる。
「あっ。ああ、カ、カカシ、さん! カカシさん!」
達するときに、イルカはオレの名を呼ぶ。
名を呼ばれて、オレは、こらえることが出来なくなる。
オレは、イルカの中に射精した。

幸福とはこういうことを言うのか、ということを、オレはイルカとの生活で実感していた。
けれど、イルカはどうなのだろう?
ごめんね、とイルカに繰り返すことを、オレはやめることができない。

イノシカチョウの親父さんたちの子供自慢は、留まるところを知らなかった。
「いやあ、うちのシカマル、男前だと思わねえか? ここだけの話、砂のテマリさん、おれの娘になるかもしれんぞ」
「何を言ってやがる。うちのいのだよ。いのの器量よしときたら、おれは心配で心配でならねえよ」
「いのちゃんは器量よしだよなあ。うちのチョウジの嫁に欲しいくらいだ。チョウジはいいぞ」
オレは、黙って空いた杯に酒を注ぎ、黙って独りで呑んでいる。
「なあ? カカシ、おまえも、そう思うだろう?」
いきなり話をふられても、聞き流していたので答えられるはずもなく、オレは曖昧に微笑む。
シカクさんが絡んできた。
「なんだなんだ? 意味深な笑い方、しやがって。愛しの恋人のことばっかり考えてんじゃねーぞ」
「そんなのじゃないですよ」
オレは、お行儀のよい笑みを見せる。
先の火祭りで、日向のヒアシさんをはじめ、この親父さんたちには世話になった。今日の酒代はオレ持ちだ。それはいい。飲み代くらい、いくらでも出す。困るのは。
「おれたちだから、これくらいで済んでるんだぞ。サクモさんが健在なら、可愛いカカシに恋人が出来たなんつったら、大騒ぎになってる」
「そうだなあ。賛成でも反対でも、えらい騒ぎになってるのは間違いないな」
いのいちさんの言を、チョウザさんが肯う。
これ、これなのだ。
当の本人には言ってやったこともないだろう、というような子供自慢無制限勝負もさることながら、父さんの親馬鹿振りを繰り返し語り倒されるのが、なんとも居心地が悪い。とどめの科白は、「おれたち三人で喋る分より、サクモさんが一人でカカシ可愛やを唱えたほうが凄い」だ。
「ま、呑んでください」
オレに出来るのは、どんどん酒を追加することだけだ。
「なんだあ? 不満そうだな。貸しは高くつくつったろ?」
「ですから、分割でお願いします、と」
何度もこんな酒宴に連れだされるのも勘弁、だが、いちどきに怒涛の攻撃を受けるのは、身体がもたない。
夜半をとうに過ぎて、やっと、オレは解放された。
木の葉の誇るイノシカチョウトリオは、完全にそのへんの酔っ払いオヤジと化している。
「その、まあ、なんだ。カカシ、うまくやれ」
呂律もよく回らず、シカクさんが言った。
「なんてんだ。おまえの嫁さんだのガキだの、見るの楽しみにしてたけどよ、おまえがいいってんなら、幸せだってんだなら、それが、いちばんだ」
顔が赤いのは、酔いのせいばかりではないらしい。
「幸せです」
オレは、心から言った。
あのひとがいる。
親父さんたちのような家庭は持てないけれど。
親父さんのように親馬鹿になることは出来ないけれど。
こんなふうに、不器用に祝福してもらえる。
タブーとなっているはたけサクモの名を、そんなことなど知りもしないというように、親しみをこめて語ってくれる人たちに。
「幸せですよ」
もう一度、噛み締めるように言うと、シカクさんは本気の力でオレの背を叩いた。
「け。よく言うぜ。分割、後の回も宜しく頼む。最近、かあちゃんがうるさくてよ。ろくに酒も飲めねえからな」
オレは、幸運なほうじゃない。けれど、確かに幸せだと思う。
だが、こんなときにこそ胸を刺すものが走る。
イルカがオレを好きだ、と、愛している、と言ってくれていることを疑う気持ちは欠片もないのに。
自分で自分に、問わずにはいられない。
オレは幸せだ。けれど、イルカは?

駆ける時間も惜しくて、オレは、術を使って家に帰った。
寝に「戻る」のではなくて、今のオレには「帰る」家がある。
イルカ先生のチャクラをさぐって、空間をねじまげる。
次の瞬間には、びっくりした顔のイルカ先生が眼前にあった。
「ただいま。今、帰りました」
オレは言いおわりもしないうちに、その身を抱きしめる。
「お帰りなさい。カカシさん。驚きましたよ。心臓が止まるかと思いました」
くすぐったそうに身じろぎして、イルカ先生が言う。
「なあに? オレに見つかったらマズイようなこと、してたの?」
言いながら周囲を見回すと、そこは畳敷きの部屋だった。火祭りの前には、イルカ先生はずっとここで舞の練習をしていた。
「マズイようなことなんて、あるわけないじゃないですか。ただ、ちょっと照れくさいかな」
イルカ先生は、鼻の傷を掻く。
その仕草は、可愛いイルカ先生の癖の中でも、特に可愛らしい。
「照れくさいって?」
オレは、イルカ先生を閉じ込める腕に、なおのこと力をこめる。
「吉利矢を、舞ってみてたんです。やっぱり、カカシさんみたいには舞えませんね」
「今から、来年の火祭りの練習?」
「まさか! 俺が吉利矢の舞い手に選ばれることなんて、ありゃしませんよ。イズモとコテツが、今回のことで舞にはまっちまったらしくて、本格的に習おうか、なんて言いだして。俺にも、参加しないかってしつこく勧誘するんで、やってみてたんです。俺がまともに舞えるの、来光だけですけど」
「そんなの、ゲンマにでも任せておきなさい。あなたが、人前で舞う必要はありません」
不機嫌な声になっているのが、自分でわかる。
このひとは、自分を知らなさすぎる。
普通に立っているだけでも可愛くて、きれいで、誰もが寄っていかずにはいられないというのに、舞なんか舞ったひにはその色香が零れ落ちて、考えるのも腹立たしい事態になること必至だ。
はるか古代の先住民とやらも魅了したくらいなのだ。
それなのに、どういうわけか、このひとは、己は平凡で凡庸な人間だと思いこんでいる。あろうことか、写輪眼のカカシたるオレに、自分は相応しくないとまで思いつめた。
逆なのに。
きれいなのはイルカ。美しいのはイルカ。
彼は、心身ともに真に美しい者だけが持つ無色の光のチャクラ、というよりオーラと表現したほうがいいだろうか、それをまとわせている。そんなのを持つ人は、オレは今までに四代目しか知らない。ああ、ナルトがもっと濃い色のを、まとっているが。
オレがイルカの隣に立っていられるのは、あの火祭りの夜から、ずっとずっとイルカを好きで、愛して、その想いが誰にも負けないからだけだ。
イルカは、誰にでも愛される。
だが、オレ以上に強く激しく愛している者は無い、と、それだけは自信がある。
だが、それだけ。
「他の人に見えるところで舞ったりしないで。他の人にどんなにあなたが素晴らしいか、見せつけたりしないでよ」
情けない言い草だと思う。けれど、オレは、こんな言葉で懇願することしか出来ない。
「言われなくても、俺のへっぽこ舞を見たい人なんざいませんよ。ちょっと舞ってみて、イズモとコテツにはきっぱり断ろう、と、かたく決意したところでした」
屈託なく笑うあなたがどんなに愛しいか、伝える言葉が無いのが悔しい。
悔しいから、キスを仕かけた。
抱きしめたまま、上唇を舐め、息を送りこみ、唇を合わせる。
角度を変えて、何度も。
イルカの口が薄く開いた瞬間に、舌をもぐりこませる。
からませ、ねぶり、吸う。
すぐに、オレの身体は、キスだけじゃ我慢できない、と訴えてくる。
いったん唇を離して、イルカの衣服に手を掛けると、頬を上気させた彼が、弱々しくオレの手を押しとどめた。
「カカシさん、酒くさいです」
「かなり呑みましたから。いやですか?」
「酒くさいのはいやですけど、あの、あれは、いやじゃないというか……。あ、でも、ここでは、いやです!」
俯いてぼそぼそと言っていたのに、語尾だけが、きっぱりしている。
「前には、どうしても、ここでって強請ってくれたのに?」
イルカの顔が、火よりも赤くなる。
「あ、あのときは、変なのが見えて聞こえて、非常時、そう! 非常時だったんです! 今は、普通の、日常ですから」
そのまま、あっさり寝室に運んでもよかったのだけれど、なぜだかオレは、意地悪したくなった。
「オレは、ここで、やりたい。だめ?」
「…………カカシさんのお父上の前で、する、みたいで……」
か細い声で言ったあと、イルカは弾かれたように面を上げた。
「この部屋がいやだとか、念が残ってるとか、そういうことじゃありません! ただ、なんというか、父ちゃん母ちゃんに見られてるみたいで、慰霊碑の前では、その、出来ないなあっていうのと同じで」
「うん。わかった。わかってるよ」
父さんはこの部屋で自害したから、ここに何かがある、とは、オレは一度も思ったことがない。
だが、イルカの気持ちは嬉しかった。
この部屋で舞う父と幼いときのオレ、斃れた父とそのときのオレ、をイルカは見たと言う。
オレの記憶が流れこんできたのだ、と。そして、父さんはオレの幸せを願っているのだ、と言いきった。
そんなふうに言ってもらえて、嬉しかった。たぶん、父さんも嬉しいと思う。
イノシカチョウの親父さんたちじゃないけれど、父さんは、オレのことは何をしてもしなくても大騒ぎをしたから、オレの恋人、なんていったら確かに心配で心配で覗きにきそうだ。
父さん。オレ、幸せだから。
だから、父さんも幸せでいてよね。
もう死んでしまった人に祈る言葉としてはおかしいが、オレは、本気でそう願い、イルカを抱きあげて寝室に行った。
「わあっ。降ろしてくださいよ! 恥ずかしいじゃないですか!」
イルカは、じたばたと暴れる。
「やだ。つかまえてないと、あなたは、飛んでいってしまう」
言葉遊びじゃなくて、このひとには、ほんとうに浮かんでった過去があるのだから。
寝台に落としたイルカの衣服を剥ぎながら、口付ける。
「酒くさくて、ごめんね」
長いキスの後、イルカの唇を親指の腹でぬぐって言う。
イルカは、こどもっぽく唇を突きだした。
「ほんとに、もう! カカシさんは、何度、言ったらわかるんですか。謝らなくていいことで謝らなくていいんです! これから、ごめんねって言うの、禁止ですからね」
「うん。ごめ…」
言いかけて、残りをイルカの唇に吸われる。
イルカからのキス。
オレはすぐに体勢をかえ、情事の始まりを告げるキスにする。
熱い、熱い接吻。
イルカの息が乱れてくる。
ここから先は、清らかなくせに淫らな、寝台での、いつものイルカだ。
オレの指先が導きだす刺激、滑らかな皮膚への口付け、一つに一つに、イルカは敏感に身悶える。
「ん…、あ、ん」
美しい音楽のようなイルカの声。
「気持ちいい?」
オレは、飴のように身をくねらせるイルカを両手で囲いながら、ほとんど息だけで尋ねる。
イルカの背が反った。
性器が、形をもって存在を示す。
「気持ちいいんだね?」
耳に口を寄せて囁くと、イルカはさらに身をよじらせる。
「あ、んんっ」
「もっと気持ちよくなろうね」
オレは右手だけを下げて、イルカの竿を掴む。
ときどき袋も揉みながら、イルカの雄をたかめていく。
イルカの気質と同じでそれはとても素直で、あっというまに欲望を示し、大きく固くなる。先端は、ぽとぽとと雫を垂らす。
「カ、カカ…さ、だめ…」
「ま、一回、出しちゃおうか」
ひときわ強く擦ると、イルカのソレはぶるぶると震えて、精液を放出した。
出しおえるとイルカは身体をぐったりとさせ、潤んだ瞳でオレを睨む。
「俺ばっかり…。ずるい、です」
長い時間もかけずに、あっさりと手淫で達してしまうことが、イルカはどうしても悔しいらしい。手だけではなく、口でしたときも、そうだ。
「カカシさん、こんな、なってるのに…」
オレのモノに触れ、イルカは、また上目遣いに睨んでくる。
イルカが可愛いから。
イルカが気持ちよくなっているのを見て、オレのは反応しているんだけど、イルカは、なかなかそれを認めてくれない。
そろそろと身をずらし、イルカは、とっくに勃起しているオレのモノをくわえようとする。
先のほうをちろり、と舐めて、イルカは怒ったような顔をする。
「おっきすぎるのが、いけないんですよ。うまく口に入らないの。俺、カカシさんがしてくれるみたいに、ちゃんと、したいのに」
オレは、慌ててイルカをきつく抱きしめる。
イクかと思った。
「煽るのが、いけないんですよ」
イルカの口調を真似て言い、腕をのばして潤滑剤をとる。
ゆっくりゆっくり解して、蕩けさせてから、入りたかったのに。
もちそうもない。
大急ぎでイルカのソコをならし、まだきついとはわかっていたが、無理にオレのモノを挿入する。
イルカは声にならない声をあげ、身をこわばらせる。
酔ってはいないつもりだったが、酒の作用もあるのか、オレには余裕がなかった。
イルカの狭いソコをこじあけ、進んでいく。
狂いそうなほど、気持ちがいい。
「あつい、あついよ。イルカ」
オレは、意味をなさない言葉を口走りながら、がつがつと腰を振る。
「あっ、ああ、あ、ん、あん」
痛みに耐えているだけではない、イルカの喘ぎがもれる。
「イルカ、愛してる」
もっとも大切な真実を吐露して、オレは、イルカの奥に白い液体をたっぷりと、はじけさせた。

  いい子だから、泣かないで
  オレがいるから
  いい子だから、泣かないで
  オレがいるでしょ?
  だから、ね? 瞳を閉じて

簡単に身繕いをして、シーツにくるまれ、肌と肌とを寄せあう。
あるいは、セックスそのものよりも、心地よい時間。
オレは、イルカがお気に入りの子守唄を低く歌いながら、オレがお気に入りのイルカの黒髪を撫でる。イルカに尋ねられたとき、忍犬と一緒にしてしまったけれど、それは照れ隠しで、オレは昔から、イルカの髪に触れたくてたまらなかった。黒くつやつやとした髪が、頭の上で尻尾になって、ひょこひょこ揺れるのを見るのが、大好きだった。
ずっと、ずっと見ていた。
ずっと、ずっとイルカが好きだった。
「俺、カカシさんの歌、大好きです。ほんとに、眠っちまいそう」
眠いらしく、イルカは舌足らずに言う。
「いいよ。そのまま、眠ってらっしゃい」
オレは、イルカの身体をかかえなおし、腕を枕にさせて、髪に口付ける。
「あ、歌だけでなく、カカシさんが好きですよ」
そう言った次の刹那、イルカは寝息を立てていた。
「ごめんね。疲れさせたね」
触れるだけ、ほんとうに触れるだけのキスを、オレはイルカにする。イルカは目を開ける気配もない。
―謝らなくていいことで謝らなくていいんです!―
イルカに言われたことを思い出す。
だが、オレはイルカに対して、謝らなくていいことなど無い。
身体を辛くさせて、ごめんなさい。
オレがあなたを好きになったばかりに、あなたの幸せを奪って、ごめんなさい。
オレの嫁さんや子供が見たい、なんて言うのはイノシカチョウの親父さんたちくらいだろうが、イルカの家庭の幸せを望む人は、数多い。三代目からして、それを願っていたに違いない。
優しい妻と、かわいい子供。暖かな団欒。
それは、イルカ先生になんと似合う光景であることか。
「ごめんね。ごめんね」
幸せなのはオレばかりで、ごめんなさい。
謝らなくていいことじゃない。
謝らなくていいことなんかじゃ、ないんだ。

「吉利矢の、もうひとつの名前ですか?」
訪ねてきたガイが持ちだした話題に、イルカ先生は身を乗りだした。
ガイは、火祭り、吉利矢について本格的に考察するように、火の国政府からも要請されたそうだ。
そのため、巻物や本を調べるのはもちろん、オレとイルカ先生にも、細かく細かく尋ねてくる。こうして、家にも来るのも珍しいことじゃなくなった。
オレは、きかれたことにはちゃんと答えるけれども、イルカ先生ほど熱心ではない。
「そうなのだ。もとは一本が吉利矢(きりや)で、もう一本が真理矢(まりや)という名であったらしい。いつのまにか、真理矢というのは消えていってしまって、二本まとめて吉利矢というようになったようだ」
「へえ。真理の矢、と書くんですか」
イルカ先生は、書付けの文字にしきりと感心している。
「うむ。吉に利する矢と、真(まこと)の理(ことわり)の矢。対(つい)にするには、なかなか良いではないか」
「ほんとに。なぜ、真理矢は言われなくなったのでしょうか」
「そこが、これからの調査だ」
「略してる間に、忘れられちゃったんじゃなーいの」
オレは、気安く言う。
「その可能性は高い。事例をさがさんと決断はつけられんがな」
重々しく、ガイは語を吐く。ガイは、決して都合のいい推論に飛びつくことはない。
「なぜ忘れられたか、よくよく吟味せねばならん。西方の伝説では、きりや、まりや、というのは、セットで出てくることが多いのだ」
別の巻物を、ガイは開く。
「以前にも話したが、きりや、という音は救世主の意味がある。まりや、という音は、きりやを産む聖母なのだな」
「聖なる母ですか」
イルカ先生が、巻物の字を追って言う。
「うむ。あくまで西方の伝承だが、性交をすることなく子のきりやを産んだのだそうだ」
「そりゃ無理でしょ。大蛇丸の人体実験じゃあるまいし」
思わず、オレはつっこむ。
「それが事実かどうかは問わんでいいのだ。そういう聖なる母から生まれた救世主の伝説がある、と認識してくれ」
ガイは説明口調で言う。
イルカ先生が、息を吐いた。
「きりやとまりや。里の火祭りでは吉利矢と真理矢ですか。どっちの矢がどっちなんでしょうね?」
「わからんなあ」
ガイは腕を組む。
「どちらがどちらにせよ、カカシとイルカの場合に適合しそうだな。カカシがきりやなら、イルカがまりやか?」
不意に、嫌なものが、オレのなかを通りぬけた。
「ガイらしくない。ぴたっと当てはまるロジックなんて、どこかに落とし穴があるに決まってるでしょ」
思った以上に、きつい声音になった。
イルカ先生がびっくりしたようにオレを見、ガイが頬を掻く。
「そのとおりだ、カカシ。おれの良くもない頭で、A=Bなどと結びつけたりするものじゃないな」
気まずくて、オレは座を立った。わざとのように、のったりと言う。
「もう、いい時間だよ。腹、減ったでしょ。夕飯、なんにする?」
イルカ先生が慌てたように、言う。
「俺がやります。カカシさん」
「気にしなくて、いーよ。イルカ先生は何がいい?」
「俺は、混ぜご飯以外なら、なんでも。ガイ先生は、何がよろしいですか?」
後の言葉は、ふりかえってガイに向けられる。
「おれに好き嫌いなどはない!」
ガイは、びしり、と親指を立ててみせる。
「え〜、嫌いなものはないけど、好きなものはあるでしょ。ちょうど野菜もあるし、カレーにするよ」
「うむ。カレーはいい。カレーはいいぞ!」
ガイは、いかにカレーが命の糧になるかを語りはじめた。イルカが律儀に聞いている。
イルカの声を中心に拾いながら、オレは調理を始めた。
二人で暮らすようになって、家財道具や調度をいれなおした。台所にも一通りの器具や食器は揃っていて、冷蔵庫や食料庫は常にそれなりに充実している。
父さんと暮らしているときでも、こんなにも穏かな生活ではなかった気がする。
折からの夕陽が落ちていき、金色の光が窓からさしこんでくる。
先生の髪の色みたいな、ナルトの髪の色みたいな、金色。
それに包まれて、オレは呑気に料理などをしている。
恋人と、永遠のライバル、と公言する友人に食べさせるために。
これが、幸せの形だ。
胸の中で言葉を形作った途端、痛みが走った。
吉利矢と真理矢。
まりや。清らかな聖母。
オレは、脳内で組み合わされていく単語の群れを、無理矢理に払った。

「カカシさん、どうかしたんですか?」
寝台に仰向けになっているオレを、イルカが覗きこんでくる。
風呂上りなので、髪をほどいて垂らしている。
「どうもしなーいよ」
オレは言い、イルカを両腕に抱きとめる。
被さってきた唇に、口付け。
さらさらとした黒髪を梳き、あたたかな身体を抱きしめ、石鹸と湯の匂いに隠れたイルカの香を吸いこむ。
「食事のときも、なんだか上の空だったじゃないですか。ガイ先生も、心配してらっしゃいました」
「そう、かな?」
とぼけてみせたけど、イルカもガイも、オレが妙なのを気付いていたのを、オレも気付いていた。
帰り際にガイは、申し訳なさそうに「邪魔するつもりではないんだが」と謝ってきた。ガイは、実は人の心の動きに聡い。オレのイルカへの執着も知っているから、オレの知らないところでイルカと会うことはないし、あんなにスキンシップを得意とする男がイルカの身体に触れることは決して、ない。オレも、ガイを邪魔にしているわけではない。
ただ。
吉利矢と真理矢。
救世主と聖母。
ガイの話を聞いてから消えず、どんどんと固まっていく推論。
それをオレは、無理に、頭の外に押しやる。
「早く、こういうことしたいなーって、焦れてただけよ」
言いながら、着たばかりのイルカの寝巻きを脱がせる。
「ちがっ。んっ」
項から肩、肩から胸に唇を滑らせると、抗議しようとしたイルカの言葉は、途中で熱い息に変わってしまった。
イルカ。イルカ。
どう表現したらいいのかわからないほど、大切な存在。
また、何かが脳裏をかすめそうになって、オレは、イルカの乳首を噛んだ。
「つ! んんっ」
「痛いだけじゃないよね? イルカ、こうされるの好きよね?」
「ん、あ、ああん」
イルカは、否定することが出来ずにいる。
「好きでしょ。ほら、こりこりしてきた」
指の腹で、かたくしこってきた乳頭を転がす。
知っている。
イルカが、こうされるのが好きなわけではない。
オレが、こうした。
イルカは、オレと肌を合わせる前は誰とも、男とも女とも性交渉を持ったことがなかった、と最初の頃に告白された。
告げられなくても、イルカの身体が無垢であることはわかった。
イルカは、オレが為したことしか知らない。
オレによって感じさせられた反応しか、返せない。
イルカを、こうしたのはオレ。
けれど、オレもイルカしか知らない。
任務などどうしてもその必要があるときには、写輪眼や幻術を使っていた。その類の幻術に関しては、トップクラスのくの一と張りあえる腕前だと思う。
そうしてきたのはなぜか、と問われたなら、心の中にイルカがいたから、というのは真実だ。
しかし、それだけではない。
恐かった。
身体を繋いで、大切な人になってしまうのが恐ろしかった。
大切な人は皆、オレの目の前で死んだ。
父さんもオビトも先生も。殺された、というのも嘘ではない。
やっと出来た大切な部下たちー仲間ーは、死なずにはすんだけど、オレの手が届かないところに行ってしまった。
幸せだ、と思えば思うほど。
愛しい、大切だ、という気持ちが強くなればなるほど。
オレは恐怖する。
イルカも、オレのせいで失われてしまうのではないか。
好きで好きでたまらなかったから、吉利矢の見せた錯覚だ、などと言いだすイルカに憤った。
錯覚などではない。イルカもオレも。
けれど、吉利矢と真理矢の力で、本来、越えてはならない一線を、越えてしまったのではないかと考えずにはいられない。
そう、真理矢。
ガイに教えられたもう一本の矢の名が、オレの胸を刺す。
産む性になく、まったく性交渉を持ったこともないままに、ナルトをはじめ、こどもたちの支えであったイルカ。
それは聖母と呼べるのではないか。
おこがましいが、ガイの言う通り、オレが救世主のきりやの役割であるとしよう。
無垢なるまりやとの性交であるからこそ、そしてまた、まりや以外は知らない無垢なるきりやであるからこそ、仕掛けが生きるのではないか。
だから、古代の先住民とやらの思惑通り、エネルギーは想念という姿をとり、存在は復活する。
物体としての矢は、イルカとオレの身体から抜けた。
だが、想いそのものは、イルカをまりやに、オレをきりやにして存在し続けるのではないか。
自分の腕にいだくことのできる「母」を、恋わない男など、いるだろうか?
「カカシさん、その気になれないのなら、やめましょう」
不意に、現実のイルカの声がして、オレは夢から覚めたような心地になった。
「……イルカ?」
「上の空も上の空。俺の身体の上で、考えこまないでくださいよ。どうせまた、俺にはわからないような、難しい理論だか論理だか、考えてたんでしょう?」
「そんなんじゃ」
否定する語勢は、どうしても弱くなる。
イルカは寝台に起きあがって髪を後ろに振り払い、胡坐をかく。
それから、オレの両手をとって、あたためるように息を吹きかけて擦る。その行為の意味がわからず、オレは問う。
「どうして?」
「指先が震えてましたから。寒いわけじゃないとは思いますけど、とりあえず」
顔を上げてイルカは、優しく笑う。
イルカのまとう、無色の光がいっそう強くなる。
オレに抱かれ、どんなに乱れても、決してうすれることのない、その光。
「イルカ、イルカ」
ひたすらに名を呼び、オレはイルカを抱きしめる。
「ごめん、ごめんね」
「それは禁止つったじゃないですか」
「謝る理由はあります。オレ、吉利矢だか真理矢だかのおかげで、あなたを、こうして抱きしめることが出来るようになって、あなたの幸せを奪ってしまった」
「…………はああ?」
なんとも間の抜けた声をイルカは出し、オレの胸を強く押して動き、オレの顔を真正面から見た。
「あの、俺にわかる、人の言葉で喋ってください」
留めることが出来なかった。
オレは考えていたことを、一気に語る。
愛想を尽かされても仕方がない。
オレから、はなれるほうがイルカにとっては幸せだと思った。
イルカは顔をしかめ、無意識なのか鼻の傷に指で触れながら、黙って聞いてくれた。
オレがひととおり言い終わって語を止めると、深い息を吐いた。
「やれやれ。なんだか、もう…。順番に行きましょう。吉利矢、真理矢がどうこう、というのは誤りとも言えないのでしょうが、正しいとも言えないので保留にしましょう。カカシさん、自分でガイ先生に言ったんですよ。ぴたっと当てはまるロジックなんて、どこかに落とし穴があるに決まってるって」
「学問的には、そうですが」
「これが学問の話じゃなくて、何が学問の話なんですか! カカシさんがカレーを作ってくださってるとき、ガイ先生も言われました。伝説や神話、信仰のシンボルというのは、占いといっしょで、見たい部分をクローズアップして見ると、当てはまっているように見えてくるものだって。そういうものこそ、帰納法で実証していかなきゃならないって。だから、落とし穴をよく知ってるカカシさんのこと、褒めてらしたのに。自分で落とし穴を作って、自分で落ち込んで、どうするんです! とにかく、この件はガイ先生の結論が出ない限り、凍結です」
「はい」
イルカ先生の迫力に、オレはおとなしく頷いた。上忍のくせに情けない、という奴がいたら、イルカ先生に本気で叱られてみろ、と返してやる。
「次に、大切な人は皆、殺されてるって、そんなの、この里でカカシさんだけじゃありません。うちはの悲劇を背負ったサスケだけでもないです。九尾襲来に木の葉くずしがあったんです。誰も被害に遭ってないなんてほうが珍しいです。俺だって、父ちゃん、母ちゃん、友人を次々に亡くしてますよ。不幸にするから、大切な人を作っちゃいけない、なんて本末転倒もいいとこです。そんなの、論理として成り立ってません。わかりましたか?」
「はい」
オレは、良い子の返事をすることしか出来ない。
「それから、俺の幸せ云々ですが、父母と子供という形でなきゃ家族の団欒でないという発想がそもそもおかしいです。そうでなきゃ、幸せじゃないんですか? そうじゃないですよね。男女でも子供のない夫婦だってあります。それは不幸なんですか? 違いますよね? 俺は幸せです。好きで好きでたまらなかったカカシさんに愛されて、こうして一緒に生活することで、毎日、幸せを噛みしめているんです。今日のカレーだって、これが幸せの味かー、なんて文字通り噛みしめてたんですよ! この、痒いまでの幸福感、どこに持ってったらいいんですか!」
「ごめんなさい! と、違った! ありがとうございます」
オレは骨が砕けそうな勢いで、またイルカを抱きしめた。
イルカは、なんだか凄く怒っている。
「ええい、俺が、吉利矢がどうこうって言ったら、えらい勢いでキレて、人の身体、好き勝手してくれたくせに! こんちくしょう! 屁理屈、並べてるひまがあったら、身体で確かめやがれ! 俺が幸か不幸か、いちばん、わかるでしょうが! 途中で、ほっぽりだしやがって!」
これ以上、怒鳴られたら、勃つものも勃たなくなりそうだったのでオレはキスでイルカの口を塞いだ。
全身全霊をかけて、イルカの口内を犯す。
無色の光。イルカの光に、オレも包まれる。
悩む必要などなかった。イルカとオレは、同じ色なのだ。
イルカが幸せなら、オレも幸せ。
イルカが、そう感じないなどと、どうして思うことが出来たのだろう?
イルカのためにも、オレは幸せにならなければ、いけない。
いや、構えることはない。オレはこんなにも、幸せだ。
だから、イルカも幸せだ。
幸せなんだ。
たぶん、身体でオレを挑発したことをイルカは後悔しただろう。
全身に、うっ血の跡を散らした。忍服で隠れるか隠れないか、ぎりぎりのところまで。
潤滑剤ではなく、オレの唾液で、イルカの後口を湿らせる。
「いやあっ。やめ、て!」
イルカは、これを嫌がる。オレは意地悪く、言う。
「気持ちいいのに、嘘吐き」
実際に、イルカのソコはひくひくとし、赤く熟れて、さらなる刺激を待っている。
自身を埋めこんでからも、オレはひどかった。
十代のガキみたいに、がっついて出したのに、抜きもしないうちに、オレのはまた硬くなった。
「謝らないよ、イルカ。オレを全部、全部、味わって」
イルカのモノにも手を添えて、射精をうながす。
二人して、どれだけ出したのか。いや、オレが、どれだけ出したか、だ。
性的に弱いほうだと思ったことはなかったけれど、我ながら、ここまでとは知らなかった。
ようやくと落ち着いたソレをイルカの中から引き抜くと、白く濁った液が溢れでてきた。
イルカは、とっくに意識を失っている。
「あちゃー。ごめんね」
禁句の侘びを呟きながら、オレは、イルカの身体をシーツでくるんで浴室に運んだ。
精液をかきだし、皮膚を清浄にしても、イルカは目を覚まさなかった。
まずいかな。明日、休ませることになるかな。
申し訳なさと心配を宿しながらも、オレの心の大半は、幸福に満ちていた。
胸の前にイルカを抱きこんで、湯船にゆったりと浸かっていると、やっとイルカが意識を取り戻した。半覚醒のまま、あたりを見回し、現状を把握するなり、オレの手をイルカは、がぶり、と噛んだ。オレは、瞬間的に手を引く。
「ってえ。何、するんですか」
「百三十八分の一くらいのお返しです。ケダモノ!」
「それは、男にとっては、ほめ言葉ですよね」
「知りません! 俺ね、先住の民ってね、カカシさんみたいだったのかなって思ってました。難しいことをいっぱいいっぱい考えて、優しすぎて、だから、滅びていったのかなって」
イルカは口を、むう、とさせて湯に沈む。
「俺なりに、カカシさんについていこうと努力したり、案じたりしてたんですよ。……大損しました。カカシさんは、こっち側の人間も人間、それさえ外れたケダモノです!」
「ま、もっと頑張りますね〜。めくるめく快楽を、イルカに教えてあげられるのは、オレだけですもんね」
ぴしゃっ、と水をかけられた。
こらえきれなくなって、オレは声を立てて笑った。
しばらく、ふくれていたイルカだが、そのうちに一緒になって笑い声を立てた。

吉利矢。吉を利する矢。
真理矢。真の理の矢。

あなたが聖母だと思うのは、オレの勝手な思い込みとして。
あなたを愛していることが、オレの幸せ。
あなたを愛しているということだけが、オレの真理。

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