『こころ・1』










「……イルカさん」


庭に降り、里を見つめ続けるイルカの元へ歩いて行く。


振り向いたイルカと視線が合う。










月日が流れるのは早いもので、カカシは去年17歳になった。


16 になった時に暗部へ入隊した。


もともと幼い頃から暗部が請け負う任務をこなして来たけれど、正式に任命され。


焔の刺青を腕に入れられ、忍服から暗部服へと支給されるものが変わった。


鋭い鍵爪の付いた手甲。


獣であれと、渡された面。


任務の内容はさらに凄惨になった。


それでも、任務をこなし生きながらえていく。


里を護る為。


愛しい人を護る為に。










ずっと上を見上げなければ見えなかった相手の顔は、今では同じ位にまでに近づいていて。


「おはよう、っていうか…もう昼になってしまうぞ。相変わらず寝ぼすけだなぁ、カカシは」


ふわりと笑いながらイルカは、カカシへと近づく。


「帰ってきたの夜中だったんだから仕方ないでしょ」


「……そうだね…」


もう何処へ行っていたんだ、とは聞いてくれないイルカ。


昔のように、何処へ行った。景色が綺麗だった、とか。


どんな内容だった、なんて言えない。


言えない様にしたのは他の誰でもない自分なのに。


人を殺した度に眠れない夜をイルカの木の下で過ごしていた…そんな頃には戻れない…。


暗部所属へは自分から志願した。


幼い頃にはなかったイルカとの間に出来てしまった『壁』。


壁を壊す勇気すら持てずに立ち尽くすばかりだったけれど。






「ねぇ、聞いても良い?」


「答えれることなら、な。昔は私が教えていたのに、今では教えられる事が少なくなってしまったからなぁ」


イルカが姿を現している春。


行動範囲は限られていた。


本体である樹が植わっている庭とカカシの家の中。


里と家を繋ぐ道の周りに広がる野原と森。


余り樹から離れすぎてしまうと、イルカに掛かる疲労も激しくなり


長時間、姿を維持する事が出来なくなってしまうのだ。






小さい頃はイルカから、植物の薬草になるもの、食べられるもの、毒薬になるもの、


星の見方、天気の詠み方、風の感じ方を教えて貰っていた。


それは、忍びとして前線に出るようになって、幾度もカカシを救って来た。


それ以前にも、イルカの存在自体がカカシを生かしてきていた。


カカシにとってイルカはたった一人の家族だった。


たとえ春にしか会えなくても。


何よりも大切な人なのだ。


その意味合いは変わってしまっていても。







「昔、イルカが言っていた『冬以外は姿を保てる方法』ってどんな方法?


あの頃のイルカは無理だって言っていたけれど、今なら出来るの?」


「…っ!」










花びらが散り始めている。


もう直ぐ、またイルカは姿を保てなくなってしまう。


触れることも、顔を見ることも出来なくなってしまうから。


これ以上、気持ちを閉じ込めることが出来ないから。


気付いてしまったあの日から、抑え続けていた心。


今日、イルカとの間に作っていた『壁』を壊す為に。


一歩、踏み出すと決めた。










イルカを。










恋しい貴方を。










手に入れるために。














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