『読む』の朝

はたけサクモは、湯上りを纏っただけの背に、長い銀色の髪を括らないで垂らしたまま、ソファに寛ぎ、外国の雑誌をめくっていた。
「ん! 北の国の家具ですか。写真がいいですね」
タオルで濡れた金色の髪をぬぐいながら、波風ミナトは、背後からサクモの肩越しにページを覗く。
彼も湯上りを引っ掛けただけの格好である。
「写真が良くて、この雑誌を見たくなるんだーよ」
サクモは柔らかく笑んで、答える。
ほっと息を、ミナトはついた。
サクモはこちら側にいる。
昔から、小説など読んでいる姿を見たことが無い。
数ヶ国語を自由に操れるが、読みも書きも、実用に徹していて、論文集や学術書しか開かない人だった。
そして、絵よりも写真が好きだった。
中でも建築物、乗り物、そうした「物」を好む。
それが、ミナトの知るサクモだった。
ソファに置いていた手を、そろそろと伸ばし、ミナトは、サクモの肩を抱く。
銀色の髪に、口付ける。
サクモが、擽ったそうに笑う。
「悪戯はやめなさい。カカシとイルカくんが起きてくるよ」
「じゃあ、お菓子をください」
ミナトはサクモの耳元で囁く。
「ハロウィンでお菓子を欲しがるのは、こどもだけだよ」
「最近は、そうでもないみたいですよ?」
ミナトは、サクモの前にまわり、その両頬を掌で挟んで、キスをした。
ミナトの髪から、タオルが落ちる。
「んっ」
サクモの白い喉が震え、熱い息が零れる。
手から、雑誌が落ちた。
空いた手で、サクモはミナトの胸を押し返す。
やっとミナトが離れると、いくらか乱れた息で、サクモは言う。
「だから、悪戯はやめなさい、と」
「だから、お菓子をもらったんですよ」
ミナトは、わざとらしくサクモの口調を真似る。
「サクモさんの唇は、どんなお菓子よりも甘い」
うっとりと言い、ミナトは、舌の先だけでサクモの唇を、舐める。
「もう一度、ベッドへ行きませんか」
ミナトは、低音でサクモを誘う。
「今、そこから起きてきたばかりだよ」
冷静に、サクモは返す。
「戻ったらいけない、なんて決まりはないでしょう?」
ミナトは、サクモの両脇に手を差し入れる。
「カカシに、昼夜逆転はいけない、と、口を酸っぱくして、言っているのは誰だい?」
からかうように、サクモは言う。
「おれですよ」
しゃらっと言い、ミナトは、サクモを抱きあげてしまう。
「言ってることと行動が違うんじゃないーかな」
強く抵抗する意志はないらしく、サクモの声音が甘くなる。
「違ってませんよ。昼夜逆転は駄目。ただ、朝も昼も夜も、愛するだけ」
邪気のない悪戯っ子のような顔で笑うミナトに、サクモは、諦めたように息を吐いた。
だが、その表情に、蕩けるような艶が混じる。
寝室に着く前にミナトはもう一度、何よりも甘いお菓子を味わった。

「あれ? サクモさんも四代目も、まだお寝みみたいですね」
リビングに入ってきたうみのイルカは、大きく伸びをする。
起抜けで、長く黒い髪を背に流したままだ。
「ま、現場を読むに」
はたけカカシは、ソファの脇に落ちていた雑誌を閉じて、ラックにしまい、同じように取り残されていた、まだ濡れたタオルを、洗濯籠に放りこむ。
「一度は、起きて、イチャついて、本格的に、イチャつきに戻った、と」
「あ〜」
イルカは頬を赤くする。
親ではないのだけれど、親の情事を覗き見するみたいで、恥ずかしくてしょうがない。
また、サクモと二人きりになったりしたら、ドキドキしてしまう自分も思い出して、なおのこと、いたたまれない。
「朝ご飯、まだまだ食べさせてもらえそうにないね。じゃ」
カカシは、イルカを抱きこむ。
「な、な、な?」
唐突にはりついてきた暖かいからだに、イルカは妙な声をあげてしまう。
「オレたちも、寝直そ? いいでしょ? 休みなんだし」
「な、何を言ってるんですか」
イルカは、赤い顔で、カカシを睨む。
「あ、寝直しは、単純に眠るんじゃなくて」
「そんなこと、きいてません!」
イルカは、途中で、カカシの口を塞ぐ。
カカシはイルカの手首を掴み、簡単にイルカを抱きあげてしまう。
「もう! 普段、ペンより重いものどころか、キーボード、打つしかしないのに、なんで、そんなに力があるんですか!」
「ま、愛の力?」
カカシは真顔で答える。
「きいてません!」
イルカは、手足をジタバタさせたが、カカシは、かまわず、運んでいった。

その日、はたけ家では、昼にしても遅めの時間に、最初の食事が摂られた。
ミナトが張り切って、種類も量も用意した。
「サクモさんも、イルカくんも、ちゃんと食べて。朝食は、一日の活力源だからね!」
「「「朝食?」」」
三人の声が合った。
「そう。おれが朝食と言ったら朝食だよ。ん! いい朝だね。カカシも夜はちゃんと寝て、朝早く起きる習慣を保たないと駄目だよ!」
もう、誰も反論しなかった。
この世の最高権力者、おかんに言葉を返すような、空気が読めないような男は、この場には存在しなかった。

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