やめろ、と父は言った

カカシはやめろ、と父が言った。
家を出ようとする、シカマルを軒先でつかまえて。
放任主義とまではいかないが、自分が痛い思いをするまで学ばねえだろ、と、たとえ失敗するとわかっていても、手も口も出さない奈良シカクには珍しいことだった。
なので、シカマルは、そのままの感情を口に出した。
「オヤジがおれのすることを止めるってのあ、珍しいじゃねえかよ」
「まあなあ、よりにもよって、息子の初恋に口出しするなんざ、面倒くせえこと、このうえねえんだけどよ」
シカクは、顔の傷を掻いて、あさっての方向を見た。
「やめろよ、初恋なんて気色わりい」
「おれのほうが、もっと気色わりいわ!」
シカクは声を荒げる。
それから、声を落として、ぼそぼそと言う。
「そりゃあ、可愛い嫁さん貰って、可愛い孫でも出来てってほうが、おれとしても気楽だけどよ、別に、それが望みってわけでも、ねえ。もし、おまえがいのじゃなくて、チョウジと恋仲になっても止めねえけどよ」
「倍加して気色わりいから、やめろっての!」
シカマルは、顔を顰める。
チョウジは大切だ。自分自身より大事だと思うこともある。
それだけに、チョウジとの恋愛感情など、想像もできない。
「おれは超倍化だわ! だから、おまえが誰とどうなろうとかまやしねえという喩えだ。けどな、カカシは、駄目だ」
「どうして」
シカマルは、分析するときの目で、父を見る。
シカクは、肩から力を抜く。
「カカシのオヤジさんの、はたけサクモさんは、おれのスリーマセンルのときの先生でな。おれの初恋のひとだった」
絶句して、シカマルは目を見開く。
「初恋ちゅう言い方も違うかもな。おまえも知ってのとおり、そのときのスリーマンセルは、チョウザといのいちだけどよ、あいつらも、皆、サクモ先生が好きだった。初めて、恋しく想った他人だった」
それは、シカマルにも理解できる。
スリーマンセルの担当上忍は、特別な存在だ。
その後、立場が逆転して、教え子だった者が上司になることがあっても、「先生」は永遠に「先生」だ。
「サクモ先生は、不幸な亡くなり方をしたし、そのオヤジさんの分も、カカシには幸せになってもらいたい、つか不幸にはなってもらいたくない」
その気持ちもわかる。
シカクは、上忍長として、カカシの実力を正当に評価しているし、初恋の人の息子に幸せになってもらいたい、というセンチメンタルさも同時に持ちあわせていられる男だ。
「おまえとカカシは似すぎてる。見た目じゃねえぞ。カカシはサクモ先生にそっくりだが、おまえはおれに似ちまってるからなあ」
「後のほうは強調しなくていいっての」
親に指摘されるまでもなく、シカマルも感じている。
カカシと自分は、似ていてはいけない部分が似ている。
補いあうのではなく、ぴったりと同じ形のまま嵌まって、負にひきずられる傾向がある。
だから、やはり頭でものを考えるアスマは、カカシを大事に想いながら、恋はしなかったのだろう。
けれど。
「なあ、ナルトを見てっとさ、考えんの馬鹿馬鹿しくなるじゃねえか。欲しいものは欲しい。行きたいから行く。諦めないから諦めない」
「確かに、な」
シカクの顔が綻んだ。
「ナルトのオヤジさんもそういう人だったよ。おれたちが、どんなに止めたって、邪魔したって、諦めなかった」
「な。同期のいいところは見習うさ。おれも」
シカマルは、にしゃり、と笑った。
まだ、自分より低い位置にある息子の頭に、シカクは、ぽん、と手を置いた。
「おれは言うべきことは言った。後は、馬に蹴られて死なねえように、退散するわ。ああ、初恋は実らないもんだってえし、失恋しての、自棄酒は付き合ってやるぜ?」
「経験談かよ?! ああ、おれもチョウジといのに付き合ってもらうから、余計なこと言うなっての」
「そうだな。割れて砕けて避けて散れ」
「不吉なこと言うなっての!」
息子が本気で怒り顔をし、父は声を立てて笑った。

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