エゴイスト

サクモは怯えたような色を瞳に浮かべて、ミナトの顔を見た。
「カカシは?」
短く問い、ミナトは煙草を枕元の携帯灰皿におしつぶす。
その動作に、ますますサクモの瞳に浮かんだ怯えは濃くなる。
「カカシくんは?」
ゆっくりと何の感情もこめないで、ミナトは繰り返す。
「寝ました」
答えて、おずおず、というのはこういう態度をいうのだろう、と様子で、サクモはミナトの横に身を横たえさせる。
「戻ってこないと思いました」
ミナトは、サクモの長い銀髪を指にとって弄ぶ。
まっさいちゅうだったのに。
カカシが泣いてる。
そう呟くなり、サクモは下着もつけず、全裸に薄物を羽織っただけで、カカシの部屋に行ってしまった。
ミナトは、後を追いはしなかった。
たぶんサクモはカカシの傍らに付き添い、そのまま眠ってしまうのだろう、とミナトは判じた。
脱ぎ捨てたライフジャケットから煙草とライターと携帯灰皿を出し、吸った。
寝床で、いや、この家で煙草を吸うことなど初めてだった。
もう、サクモは自分のところには戻ってこない、と思った。
サクモの残り香を消す、強い匂いが欲しかった。
「すみません。ミナト様」
細い声で、サクモは言った。
「謝るんですか? 謝るような何をしたんです?」
ミナトは、サクモの手首を握り締める。
男の癖に、ミナトの長い指なら余ってしまうほど細くて真っ白な手首。
「ミナト様を一人にしてしまいました」
さらに細い声は、ミナトの内側を灼いた。
「謝ることではないでしょう? あなたはカカシの父親で、カカシがいちばん大切なのは当然です。当然のことを、謝る必要はないです」
言葉とは裏腹に、強い力でサクモの身を引き寄せ、荒々しく口付ける。
欲しい。
この男が欲しい。
この男だけが欲しい。
どんなに願っても、手に入れたつもりでも、サクモはすぐにすり抜けて行ってしまう。
「あのままなら、一回で終わらせたんですが。覚悟してくださいね」
下品だな、と自分でも感じながら、ミナトは昂ぶりをサクモにぶつけた。

出会ったときから、サクモは既にカカシの父だった。
父親であるサクモしか、ミナトは知らない。
父親であるサクモを、愛したのだと思う。
父親を放棄したサクモを、愛するかどうか、ミナトにはわからない。
だが。
カカシではなく、自分を選んで欲しいと願うのだ。
サクモの唯一、一番になりたいと願うのだった。
己がエゴイストであることを、ミナトは知っている。

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