ファミリー アフェア

結婚するの、と妹が言った。
「それは、おめでとう」
脊椎反射で、おれは言った。
彼女とは同じ里のなかには居るけれど、もうずっと一緒に暮らしていない。
おれの家は忍をなりわいとしておらず、おれは下忍になると同時に、自来也先生に預けられた。
妹を含むおれ以外の家族は、里での仕事で生計を立てているけれど、忍者ではない。
おれが忍者であることは反対はされていないが、賛成もされていない。
「きみの相手は、忍者じゃないよね」
質問というより、確認のために訊ねた。
「そうよ」
妹は微笑んだ。
落としたお気に入りの財布が、現金は抜かれて空で返ってきたとしたら、こんな笑い方をするだろう、というような笑みだった。
「いやなんだったらさ、忍じゃなくても里の人間なら、おれが、やめさせてあげるけど」
現在、おれは里の最高権力者なのだ。
権力の旨味なんて、まだ小匙一杯分も味わわせてもらってないけれど。
「いやなんかじゃないわ。貿易をしてる人なの。今は里で仕事をしているけど、近いうちに火の国もはなれて、外国に行かなきゃならないみたい」
「ん! だから、選んだの?」
おれは妹の、おれと同じ色である空色の瞳を見つめた。
四代目火影の妹なんて、厄介な肩書きだろう。
四代目火影本人が、厄介だと思っているのだから、間違いはない。
「そんなことないわ。結果的にそうなっただけ」
妹は、きれいに笑った。
それは、おれがよく知っている、きれいさに似ていた。
泣きたいとき、諦めたとき、あのひとはこんなふうに笑った。
最後に見たのも、こんなふうなきれいな笑顔だった。
任務に行くおれを、きれいな笑顔で見送ってくれた。
帰ってきたときには、髪の毛一筋、骨の一欠けらも残さず、この世から居なくなっていた。
「ねえ」
おれは妹の名を呼び、手を握った。
妹の手を握るのなんて、お互いが幼児だった頃以来だ。
「急に言ってもわざとらしいけどね、おれはきみを愛しているよ。きみの幸せだけを祈ってる。兄として」
「そうね。私もお兄ちゃんの幸せを祈ってるわ。妹として愛してる」
妹は、そっと手を引いて、立ち上がった。
「もう行くわ。抜けてくるの、大変だったんでしょ」
「まあね」
執務室では優秀な部下がおれに変化して、火影をやってくれている。
このまま火影を彼に任せたほうがいいのじゃないか、と思うくらい、カカシは優秀だ。
「私、こどもを産むわ。たくさん、たくさん。その子を、お兄ちゃんにあげる」
最後の最後、さよならを言った後で、妹は言った。
捨て台詞みたいに。
いや、おれに是も非も許さない、遺言みたいに。
捨て台詞も遺言も、いやな言葉だ。
これから結婚する娘の唇から出たものに、ふさわしい言葉じゃない。
なのに、おれはそれを聞いたとき、そう思ってしまったんだ。

執務室に戻って、カカシが解で元の姿に戻るなり、おれは彼を抱きしめた。
愉快なのも不快なのも、気持ちが溢れでるたびに、おれはカカシを抱きしめた。
カカシは、唯一、あのひとが遺してくれた形見。
天が唯一、おれに呉れたいいもの。
「もしさ、貰ったこどもを、おれが抱きしめられなかったら、カカシが抱きしめてよね」
おれの唐突な、意味不明だろう発言にとても慣れているカカシは、問い返すこともせずに、はい、と頷いた。

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