母の日

赤い色の折り紙で、はたけカカシは、カーネーションを作った。
たくさん、たくさん。
小さな手の指先が赤く染まっても、折り紙があるだけ作りつづける。
母の日、というものをカカシに知らしめたのは、三忍の一人である綱手姫だ。
おかあさんに感謝する日なんだよ。
そして、赤いカーネーションを贈ることも教えてくれた。
カカシの母、はたけサクモは、生花を好まない。
花の香の、刺激が強くて好きではないらしい。
ん、サクモさんが、いちばんいい香りのする、いちばんきれいな花だからね。
波風ミナトは、真顔で言う。
ミナトはカカシの父だと、ミナトも周囲も言う。
けれど、サクモだけが、カカシがそう呼ぶととても不思議そうに「ミナト様」と訂正し、カカシが呼びなおすと、今度はミナトがすごく悲しそうな顔をするので、カカシはミナトのことは「兄さま」と呼んだ。忍になってからは、「先生」だ。
先生は、サクモがこの世の何よりも美しくて、大事なものだと、いつも真面目な顔で言う。
もちろん、カカシもそう思っている。
生花は好まないサクモに贈るために。
折り紙のカーネーションを、カカシはせっせと作る。

任務から戻ってきて、床についているサクモの枕辺に、カカシは折り紙の赤いカーネーションを運んだ。
木の葉の白い牙とおそれられるくの一であるサクモだったが、元が丈夫ではなく、任務から戻ると寝付くことが多かった。
サクモは長い銀髪を揺らし、ゆっくりと起きあがる。
「とても、きれい」
両手いっぱいに赤い紙のカーネーションを受けとり、サクモは匂うように笑む。
「母の日なんだよ。かあさま、ありがとう」
カカシは、上機嫌で告げる。
サクモは、幼いこどものように、首を傾げた。
「なぜ、かあさまに、ありがとうなの? お花を貰って、ありがとうを言うのは、かあさまのほうよ」
カカシはつまった。
サクモは、他のこどもの母のように、ご飯を作ってくれたり、洋服を着せてくれるわけではない。
家の中のことは、ミナトかカカシがする。
里を守ってくれて、ありがとう、というのも母の日に言うのは変だ。
産んでくれて、ありがとう、というのも、サクモには理解できないだろう。
聡いカカシは、急いで変更した。
「きれいだから、かあさまに、あげるの。かあさまをもっときれいにする、母の日なの」
カカシは、紙の赤い花を、サクモの銀色の髪に挿す。
ただの折り紙で作った花が、宝石のように輝き、サクモの髪を彩った。
「じゃ、カカシも、きれい、ね」
真っ白な指先をのばし、サクモはカカシの銀髪に、紙の赤いカーネーションを飾る。
「きれい。カカシは、とってもいいこ」
サクモは、他のカーネーションを、白い敷布に散らし、空いた両腕でカカシを抱きしめた。

その光景を見たミナトは、しばらく声を失って、立ちつくしたのだと、後に語った。
眠ってしまったサクモの傍らに、サクモを小さくしただけの全く同じ顔で眠ってしまったカカシ。
サクモとカカシの髪を飾る、赤い紙の花。
白いシーツに散らばる、赤い折り紙のカーネーション。
絵画のなかに、自分が入り込んでしまった、とミナトは思ったと言う。
母の日、ということに異様に感心したらしいミナトは、赤い折り紙のカーネーションを、丁寧に丁寧にしまいこんだ。

一ヶ月ほど後。
カカシにそれを教える者はなかったので、父の日が行われることはなかった。
四代目火影波風ミナトは、それからしばらく、拗ねた。

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