カカシが生まれて育った家は古く、木の葉の一般的な住宅とはかなり違っていた。
初代火影が里を興すときに従ってきたカカシの曽祖父に当たる人物が建てたもので、彼の故郷の様式に沿ったためらしい。
里の創設と共に与えられた家なのだから、古いのは当然だった。
それでもカカシの祖父の代までは、まめに手も入れていたので異国風の立派なお屋敷で通っていたようだ。
だが、カカシの祖父母が没し、サクモが継ぎ、彼が迎えた妻、つまりカカシの母も亡くなってしまってからは、荒れる一方になってしまっていた。
家政を司る主婦がおらず、主人のサクモが任務、任務で、家どころか里にもほとんど居ない有様だったから、これもまた当然だったのだが。
はたけサクモは、家や庭など全く気にしなかった。
だが、家内に他人が入ることは、極端に嫌がった。
だから、庭は浅茅が原もかくやというほどに荒れ、家も家具も傷み放題だった。
でも、幼いカカシは、そんな庭や家が好きだった。
こどもの常で他と比較できないということを抜きにしても、高く茂った草の間で、父の喋る忍犬たちと鬼ごっこやかくれんぼをするのは、とても面白かったし、彫刻の施された椅子を倒してやる乗馬ごっこは楽しくてならなかった。
家や庭と同じように、サクモはカカシにも好き勝手にさせていた。
関心がないのとは異なる。
むしろ溺愛に近い愛情をいだいていたのだが、常識的な子育てをまるで知らなかったのだ。
カカシの母は、カカシをこの世に送り出すことと自分の命とを引き換えにしてしまっていたから、波風ミナトがいなければ、カカシが順調な成長どころか、生きのびていけたかどうかも疑わしい。
波風ミナトは、唯一、家の中に入り、一緒に暮らすことをサクモが拒まなかった人物であった。
「サクモさんはねえ」
ミナトは何度も語った。
おかしくてたまらないというように、いつも思い出し笑いをしながら。
「カカシくんが可愛くてたまらなくてね。一回、腕に抱いてしまうと、もう離せないんだ。泣き出しても、ただ、じっと抱いているばかりで。泣いてるのも可愛いから、目が離せないんだって。でも、それじゃ赤ちゃんはたまらないよね」
確かに、カカシがわりと大きくなってからも、抱きしめることしか知らない父だった。
何を言うでも、するでもなく、ただ、抱きしめるだけ。
でも、それでも良かった。
それが、良かった。
「ほんとにね」
ミナトは、カカシの頭を撫でながら、言う。
「ミルクを飲ませたのもおれ。おむつを替えたのもおれ。お風呂に入れたのもおれ。実際、カカシくんを育てたのはおれだと思うけど、父親にはかなわないよね。ん、おれがカカシの一番になることは、絶対に、ないんだよね」
そんなこと、言うけど。
カカシは口には出さず、心の中だけで思う。
先生の一番だって、父さまなのに。
おれが先生の一番になることは、絶対に、ない。
ミナトこそ、ただ、サクモを抱きしめていた。
手も足もうまく動かなくなり、記憶までもあやふやになっていく自分に怯えるサクモを抱きしめながら、繰り返し、言っていた。
居てくれるだけでいいんです。
何もしてくれなくて、いい。
抱き返してくれなくてもいいです。
あなたの分も、おれがあなたを抱きしめますから。
サクモさんが、居てくれればいい。

だが、サクモは、カカシもミナトも置いて、たったひとりで逝ってしまった。

ミナトもカカシも、決してサクモのことを話題にのせなくなった。
オビトが解放してくれるまで、それは続いた。
「カカシ、あの家なんだけどね」
写輪眼の定着のために、病院で検査と休養を強制されているカカシのベッドの脇で、ミナトが、ぽつん、と言った。
「あの家、ですか」
それが自分の生家のことだと、カカシにはわかった。
サクモの没後、ミナトの宿舎に、カカシも住まわされていた。
「老朽化がひどいらしくて。この間、梁が落ちたらしい。修復も不可能で、危険だって」
「燃やすか、壊すか、してください」
ミナトが言い終わらないうちに、カカシは言葉を発した。
「その場所に新しい家を建てて、誰かが住むほうがいいでしょう? 木の葉の里は、土地があんまり無いし」
長い間をおいてミナトは、そうだね、と言った。
「心の中の場所に、のこしておけばいいよね」
彼には珍しい、センチメンタルなことを言い、ミナトはカカシを抱きしめた。
ミナトにだけではなくて。
オビトと、父と、あの家に抱きしめられているような気がした。
自分も珍しく、センチメンタルだ、とカカシは思った。

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