火の遺産

玄関から入ってきた金髪の青年の、青い目に炎がともっていた。
普段は穏かでおっとりした人なのだが、時折、瞳が燃えているようになることがある。
だいたいにおいて、赤い炎より青い炎のほうが温度が高いと、カカシはアカデミーで習ったばかりだ。
確かに、青年の瞳が青い炎になるときは、たとえば三代目火影様から雷を落とされるときよりも怖い、とカカシは思う。
「兄さま、お帰りなさい」
抱きついて言うと、急いでカカシは青年から離れた。
「ただいま。カカシ。サクモさんは?」
いつもなら、頭を撫でたり、ひとしきりカカシを構う青年も、おざなりに言うばかりで、家の奥に視線を移している。
「父さまは、ご飯を作ってるよ」
父のサクモは夕食の支度に余念がない。
この時間の日常のことで、青年もよく承知しているはずなのに。
「そう」
それなのに、怒ったような足取りで、青年は厨(くりや)に向かう。
さっさと自分の部屋に逃げたほうがいいか、様子を見ていたほうがいいか、しばらく迷った末にカカシは青年の後に続いた。
青年は、ときどき父をひどく責め立てることがある。
カカシが間に割って入らない限り、青年はいつまででも責める。
今日も、自分が居なければいけないような予感が、カカシはした。
「サクモさん、戻りました」
気配を消したまま近づき、青年は、火加減を見ているサクモの背から抱きつく。
「お帰りなさい」
驚いたふうもなく振り返り、サクモは綺麗に笑う。
父には青年にしか見せない表情があって、それもこの一つだった。
いつもなら青年も、父にしか見せない表情になるのだが、今日は青い炎がゆらめく怒った顔のままだ。
「なんだって、自分の誕生日に、自分で食事なんか作っているんです?」
「え? いけないことでしたか?」
サクモは、きょとんとした表情になる。
「なぜ、おれが言うより先に、イノシカチョウから祝いの言葉を聞いたりするんです?」
「は?」
父は、蒼い瞳を丸くしている。
イノシカチョウというのは、カカシも知っている。
今は中忍に上っているが、下忍のときはサクモが担当上忍で、スリーマンセルだった。
三人揃って悪戯好きで個性が強くて、父はよく嘆いていた。
だが、その分、結束も強かったようで、三人が、父を大好きなことはカカシにもわかっていた。
「あいつら、朝一でサクモ先生に会って、おめでとうを言って、プレゼントを渡したって、そりゃもう自慢げに言ってましたよ」
青年の言葉は、ひどく苦々しげだった。
「あの、何がいけないのですか?」
父が、不安そうに問う。
カカシにもわからない。
自分はまだアカデミー生だけれども、担任のうみの先生の誕生日にはみんなでおめでとうを言ってハッピーバースデーの唄を歌った。
うみの先生は喜んでくれたし、自分たちも嬉しかった。
同じように、父は喜んだし、イノシカチョウのお兄さんたちも嬉しそうだった。
ほんとうに、何がいけないのだろう?
「おれが、まだ言ってないんです! なぜ、おれ以外からの祝福の言葉を、先に聞いたりするんですか!」
青年は、手をのばして火を消し、そのままの手でサクモを抱きしめる。
「カカシは許します。でも、許すのはカカシだけです。おめでとうを言うのも、プレゼントを渡すのも」
でも、兄さまはずっと任務だったし。
カカシは、ますます疑問に思う。
だが、父は小声で謝った。
「すみません」
青年は、無言で、さらに父を抱きしめる。
「予定を早めて今日、帰ってらしたのは、そのため、だったんですか?」
父が、おそるおそるという感じの声で言う。
「当たり前です! それだってのに、帰るなりイノシカチョウから自慢されるわ、あなたは自分で食事を用意してるわ、まったく!」
「ごめんなさい」
父がまた、小声で言った。
だが、その声は、どこか嬉しそうだった。
「カカシくん、ごめんね。夕食、遅くなるから」
不意にカカシを見やって青年が言ったので、カカシはこっくりと頷いて、自分の部屋に走っていった。
察しのいいこどもだったのだ。カカシは。
ずいぶん時間が経って眠くなった頃に、カカシは青年に呼ばれた。
食卓には、父が用意しかけていた夕食ではなく、ご馳走が並べられていた。
青年の青い炎も消えていて、ほっとして、カカシは父の誕生祝いとされた食卓を囲んだ。
父も青年も、ひどく幸せそうだった。

「あの頃、オレはこどもだったんで、わかりませんでしたが、先生は正しいです。いつだって先生が正しかったんです。全面的に父が悪い」
イルカを抱きしめながら、カカシは憮然として言った。
「ええと、それは俺が、自分の誕生日に自分で晩飯の支度をしてるのが、全面的に悪いってことですか?」
イルカは、眩暈を感じながら言う。
「そうです。それと、アカデミーのこどもたちや、他の奴らに、おめでとうと言われていること。ぎりぎり、ナルトは許します。でも、オレから聞くより先に、他の奴らからの言葉を聞くなんて、許せません!」
カカシの腕の中で、イルカは嘆息する。
最近、木の葉の白い牙への尊敬が増すばかりである。
自分は、カカシで持て余しているのに。
その師匠、後に四代目火影となるほどの人から、情熱を一身に注がれて、よくもまあ、カカシの記憶にあるような穏かな対応ができていたものだ。
そして、その死が惜しまれる。
存命なら、対処法やら何やら、助言を乞えたかもしれないのに。
「オレのことじゃないこと、考えてる」
カカシが地を這うような声で言い、イルカの身を、骨が折れそうなほどに、上忍の本気の力で戒める。
あなたのお父さまは偉かったんだなあ、と思ってます。
などとは口にはしない。
「俺の誕生日なんか、どうでもいいんです。カカシさんの誕生日だったら、大変ですけどね。俺には、あなたがこの世にいてくれるってだけで、毎日が誕生日とクリスマスがいっぺんに来てるようなもんなんで」
カカシが脱力して、イルカの肩に額を落とした。
「……あなたがオレを嬉しがらせてどうするんですか。オレがあなたを喜ばせる日なのに」
「ですから、その日に特別でなくても…」
言いかけたイルカの唇を、カカシは己の唇で塞いだ。
後はもう、火の遺産を受け継いだ男から。
青くはないが、燃えたぎる炎で灼かれる時間。

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