金色、銀色 2

「恋人同士みたいでした」
寝床に腹ばいになって両腕で頬杖をつき、ミナトがぽつりと言う。
「確かに、無理に引き裂かれる恋人同士みたいな泣き方でした。こどもを通り越して」
サクモが頷く。
ミナトは、青い瞳を瞬かせた。
「あの子たちのことを言ったんじゃないですよ。ん、カカシと、イルカくんは、どんなに引き裂こうと思っても引き裂けませんよ。こんなに幼くて、運命の相手に出会ってしまうなんて、この先、苦労するでしょうね」
今度は、サクモが、何度も瞬きをする。
「あなたが言うと、冗談や戯言には聞こえないのですが」
「冗談でも戯言でもないですから。カカシとイルカくんは、しょうがありません。出会ってしまいましたから。おれが言っているのは、あなたとうみのさんです」
「私と? うみのさんが? ですか?」
サクモは唖然として、ミナトを見る。
ミナトは、ひどく真剣な顔をしていた。
「縁側で並んで話している姿は、仲睦まじい小鳥の夫婦みたいでした」
「大きさからいっても、小鳥はないでしょう」
「まず、そこですか」
ミナトは苦笑する。
「恋人同士のね、優しい甘い空気が流れていました」
「は?」
サクモは瞳を丸くする。
「サクモさん、あんなに優しく、おれには笑いかけてくれません」
ミナトは、ふいっとサクモから、顔をそむける。
「そうなんですか? 自分で自分の表情を確認しているわけではないので、私には判別がつかないのですが」
掛け布をはね飛ばして起きあがり、ミナトはサクモの肩を掴む。
「好きなんですか? うみのさんを。おれより、一緒にいたい人なんですか?」
「初めてお会いした方なので、好きも嫌いも、一緒にいたいも、いたくないも、わかりません」
律儀に、サクモは答える。
ミナトは声を荒げた。
「一目惚れっていうのがあるでしょう! おれがあなたに、そうでした! そうなんですか? うみのさんが好きなんですか? おれより! おれよりも!」
「……ひょっとして」
サクモはミナトの顔を、下から掬いあげるように見つめる。
「間違っていたら謝ります。ひょっとして、あなたは妬いているんですか?」
「いけませんか?」
ミナトの目が、据わっている。
「自分の恋人が、他の男と微笑み合っているのを見て、妬いてはいけないんですか? 妬かない人間がいるんですか? 腸が煮えくり返りそうになっては、いけませんか?」
「いけなくは、ない、と思います…」
語尾が弱くなる。
ミナトは、怒っている。
まるっきり誤解だ。
誤解を解かなければならない。
サクモは、言葉をさがす。
「うみのさんは奥さんをお持ちで、お子さんの相談にみえたのですし、そんな感情を私にいだく余地はありません。私も、うみのさんと同じ父親としての立場でお話ししただけで、そんな感情はいだきません」
ミナトは、サクモの言葉を聞いているふうではなかった。
「うみのさんが好きなんですか?」
「ですから、初めて会った方に、好き、好きでない感情をいだくほどの時間もなかったじゃないですか」
そのいらえに、ますますミナトが怒っているように見えた。
サクモは、泣きたいような心境になる。
どうすれば、誤解は解けるのだろう。
「おれよりも、うみのさんが好きなんですか?」
同じ語ばかりを繰り返す。
「そういう比較は、できません」
事実を、サクモは告げる。
ミナトの表情が、いっそう強張る。
「あなたは私にとって、カカシと同じで、誰かと比べる対象ではありません。ああ、カカシとも、比べることはできません。言葉としては、愛していると同じものを用いるしかありませんが、一つになりたい、という同一願望をいだく愛を感じるのは、あなたにだけです」
気持を正確に伝えられるであろう言葉を、サクモは必死で紡ぐ。
ミナトの顔と、指とから力が消えた。
安心した、というよりは、脱力した、というように見えた。
ミナトは言う。
「愛してる、だけでいいですよ」
「愛してるだけで?」
「愛しているのは、おれだけ。言ってください」
「愛しているのは、あなただけ。あ、ですが、カカシも」
「だから、余計なことを付け加えないでください」
ミナトは、サクモに接吻した。
唇が離れるとサクモは瞳をミナトの青い瞳に当てて、言う。
「あなただけを愛しています」
骨が砕けそうなほど強く、ミナトはサクモを抱きしめる。
「おれが嫉妬してるというのは、わかったんでしょう? なぜ、最初からそれを言ってくれないんです?」
「当たり前の大前提なので、言う必要があるとも思いませんでした」
「ああ、もう、あなたという人は」
ミナトは、サクモの肩に額をのせる。
「愛しています。サクモさん、あなただけを愛しています」
激情が迸る。
激情のままにミナトはサクモの身を横たえ、身体じゅうにキスを落とす。
掌がうごめき、指が、サクモの皮膚を刺激する。
揺れる金髪。
しなやかな、若い身体。
若い、美しい、恋人。
年下の、恋人。
サクモには、わからない。
なぜ、彼が嫉妬などするのか、わからない。
ミナト以外に自分を好く者など、いない。
己の命より大切だと思っているカカシだって、父である自分より、ミナトのほうが好きだろう。
誰も、誰も、自分を愛する者など、いないのに。
どうして、誰からも愛されるミナトが、こんなにも自分を求めるのだろう。
サクモには、わからない。
ミナトが、サクモの髪をかきあげながら、キスをする。
角度を変えて、何度も何度も。
軽く触れるものから、唾液を交換するような深いものまで。
飽きることなく、何度も、いつまでも。
唇を合わせる。
気持ちがよくて、サクモは、ミナトの背にすがりつく。
「いいですよ。爪を立てても」
ミナトは、にっこりと笑う。
そう言われてしまうと、サクモは、あわてて手を引く。
「ん、まだ余裕があるんですね」
ミナトは自分こそ、余裕綽々の声で言う。
かたく、張りつめさせていながら。
ミナトは、サクモの身を返し、這う姿勢をとらせる。
「あ」
受け入れるには楽なのだが、サクモはこの体勢が好きではない。
ミナトの顔が見えないことが不安だし、奥をさらけ出すようで、羞恥をあおる。
ミナトは、サクモの胴を支え、ゆっくりと背中を愛撫していく。
「ん、んんっ」
サクモは、身震いをする。
「こんなに綺麗で、感じやすい、身体」
ミナトが、うっとりと呟く。
感じやすいのかどうか、サクモには判断がつかない。
女性とも、任務の関わりでしか、交わったことがない。
それも、即物的な行為だった。
男は、ミナトだけしか知らない。
抱きあう、という意味でのセックスは、サクモは、ミナトとしかしたことがない。
だから、ミナトが、あおるように口にする言葉は、ひどくサクモを困らせる。
どう、反応していいのか、わからなくて、恥ずかしいばかりだから。
「いやっ、いけ、ません!」
ミナトが、サクモの後肛に舌をはわせてきた。
雄を口の中に含まれる行為も、いつでもサクモを戸惑わせる。
まして、そこを舐められることなど、サクモの理解の範疇をこえる。
「やめ、て、ください。こんな」
「汚くないですよ。サクモさんの可愛い所。可愛がって可愛がって、喜ばせなきゃいけない所ですからね」
涼しい顔と声で言い、ミナトはことさらに音を立てて、舌を使う。
「いけ、ない。やめ。きたな…」
サクモは首を振り、全身を震わせる。
「ですから、汚くないです。サクモさんに、汚いところなど、ありません。サクモさんは、綺麗。全部、全部、綺麗」
歌うように、ミナトは言う。
違う。自分は綺麗などではない。
そんなこと、誰も言わない。
否定して、訂正して、こんなことは、やめてもらって。
考えに、身体がついていかない。
ミナトの舌技に、手足が折れる。
腰を持ってサクモの身を保ち、ミナトは愛撫を続ける。
「はあっ、あ、ああ」
サクモの唇の間から、喘ぎがこぼれる。
「気持ちいいでしょう? おれだけですよ。おれだけが、あなたを気持ちよくさせられる。おれだけが触われる。おれだけが、あなたのこんな声を聞ける」
ミナトは、サクモの背に頬を当てる。
サクモの腰が、勝手に揺れた。
「ああ、もっと? もっとですね。こっちを、あげましょう」
優しく、夢見ているような声で、ミナトが言う。
「ああっ」
サクモの声がひきつる。
固く、熱いもの。
貫いていく、凶器。
本来、苦痛でしかないはずの挿入を、サクモの内側は歓喜して迎える。
ミナトが、打ちつけはじめた。
若さに任せるように、己をサクモに叩きつける。
「はっ、ん、はあっ」
喉をそらし、サクモは、ただ喘ぐ。
「ああっ」
いちばん感じる箇所を抉られ、サクモは短い悲鳴をあげる。
サクモの男性器が、びくりと勃ちあがる。
ミナトの動きが、いっそう激しくなった。
サクモはもう、自分自身を保てない。
受け入れるだけの、容器になる。
「あん、ああっ」
脳髄が真っ白に焼かれ、触れられてもいない性器から、精液を放出する。
上半身を崩れさせるサクモの腰を掴んだまま、ミナトは抽出を続け、ややあって、サクモの内に放った。

二度目は、浴室で交わった。
浴槽で、サクモを後から抱きかかえ、下半身を湯に浸したまま、青年が突きあげる。
手を胸に回し、乳首を弄り、項に唇を寄せる。
「あ、ああっ」
サクモは長い髪を振りみだし、快楽を逃がそうとする。
「いい子ですから、暴れないで」
刺激を続けながら、ミナトは甘い声で囁く。
「もう…」
目に涙をため、サクモは訴える。
サクモの欲望は、サクモ自身の銀髪で戒められて、射精を許されない。
ミナトの熱くたぎったものは、サクモの内で、永遠に硬度を保っていそうだった。
「ん、んんっ、ああん」
声を出すことしか、サクモは出来ない。
涙が、頬を伝う。
「泣かないでください。おれが、苛めてるみたいじゃないですか」
ミナトは、サクモの涙を舐めとる。
みたい、ではなく、サクモの身体を苛めているのは、間違いなくミナトだ。
だが、サクモは、そう詰る言葉さえ吐くことがかなわない。
ミナトが縛っていたサクモの男性器から、サクモの髪の毛をほどいた。
そっと、欲望に手を添える。
待ちかねたように、竿が液を吹いた。
解放感はつかのまで、感覚が後ろに集中する。
ミナトは、充分に満足したと思われる時間ののちに、やっと精を吐きだした。

寝室に戻っても、それぞれの寝床に戻ることはなかった。
ミナトは腕にサクモを抱いたまま、髪を指で梳く。
一房を手にとって口付け、ミナトは言う。
「他の人に向かって、笑いかけたりしないでくださいね」
「はい」
サクモは、素直に頷く。
「少し、自覚してください。自分が綺麗すぎて、他人を惑わすってことを」
「そんなことを言うのは、あなただけです」
考えることが億劫だったので、サクモは脊椎反射的に言う。
「当然です。言わせるものですか。あなたに面と向かってそんなことを言う奴がいたら、おれが瞬殺します」
真顔で、ミナトは言う。
年下の、美しすぎる恋人。
自分が彼のことを心配するのなら理も通るのに、なぜミナトのほうばかりが、こんなことを言うのだろう。
ミナトの手が滑っていく心地よさに身を任せながら、サクモは、今は動こうとしない脳を使ってみる。
自分は綺麗ではないし、年上で、ミナトに相応しいと自負しているわけでもない。
それなのに、サクモはミナトが他に心を移すことを危惧したり、嫉妬したことがない。
不思議な話だ、と改めて、思う。
同時に、納得もする。
幸せなのだ。
ミナトと、カカシと。
愛している者と暮らす毎日があまりに幸せで、心配している暇がない。
「なにを笑ってるんです?」
ミナトが不満そうに、サクモの顔を覗きこむ。
サクモは、ゆったりと笑った。
「幸せだな、と思ったんです。ものすごく、あなたを愛しているというのも、自覚しました」
ミナトは、サクモの胸に顔を埋めた。
そして、もう一度、他の人にこんなふうに笑いかけてはいけません、と言った。
もう一度、サクモも、はい、と頷いた。

それは、幸福の風景に間違いなかった。
後の悲劇にも、決して色あせることはない。

唯一の継承者であるカカシが、父譲りの容貌と理屈っぽさと、師譲りの押しの強さと独占欲の強さをも、黒髪の運命の恋人に発揮していくことになるのだが、それは、また別の物語である。
今は、ただ。
金色と銀色と銀色と。
眩い光に包まれる。

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