高原の休暇

波風ミナトが、馬車を操る御者に向かって、言った。
「急ぐことは何も無いので。どうか、ゆっくり行ってください」
御者は鷹揚に頷く。興味津々といった顔で馬を凝視していたカカシもまた、御者を振り返る。
「馬ってすっごく大きいね。この大きい馬が、言うことをきくなんて、おじさんは凄いね」
「それが、あっしの仕事でさ」
御者はそっけなさを装いながらも、幼い男の子に素直な尊敬を寄せられた喜びを隠せないでいる。
「馬は一日にどれくらい御飯を食べるの? どれくらい走る? 走るの嫌がったりしない?」
矢継ぎ早に質問を浴びせるカカシの銀色をした髪を、ミナトはゆっくりと撫でた。
「ずいぶんと馬が気に入ったみたいだね」
「うん、好き。好きになったの」
あどけなくカカシは笑う。
「坊ちゃん、良かったらあっしの隣に座りなさるかい? いちいち答えていたんじゃあ、いつまで経っても馬車を出せませんや。その、親御さんがいいって言いなさったら、ですがね」
出すぎたことだったか、というように御者はミナトをうかがう。
「ほんと? おじさんの席に乗ってもいいの? 父さまにきいてくる」
カカシは弾まんばかりにして客車に入った。
先に乗り込んでいた父のサクモに許しを乞う声が、外まで響いた。
ねえ、いいでしょ。おじさんは、いいって。
間を置いて、若い男が窓から顔を出した。長くした銀色の髪。白い皮膚。驚くほどカカシと容貌が相似したカカシの父、はたけサクモは、ミナトに頷いてから、御者に頭を下げた。
「こんな小さな子、お邪魔にはなりませんか」
「あっしは一向に。旦那方さえ良かったら」
御者は、急にどぎまぎしたように、視線を下げた。
「では、お願いいたします。カカシ、仕事の邪魔は決して、しないようにね」
「うん!」
カカシは、やはり弾むようにして、客車から降りた。
御者が、カカシを席に乗せてやる。
「お願いします」
念押しのように言ってから、ミナトは、しなやかな身のこなしで客車に滑りこんだ。
サクモはまだ心配そうに、御者席で、はしゃぐカカシを見ている。
「カカシくんは大丈夫ですよ。風が冷たいですから、窓を閉めますね」
柔らかく声を掛けミナトは客車の窓を閉めた。
「あんなに、好奇心の強い子でしたでしょうか」
サクモは、ミナトを掬いあげるような視線で見つめて、問う。
「そういう年齢なんですよ、きっと。親離れされて、寂しいですか」
ミナトはサクモの隣に座し、その肩を抱きよせて、頬に接吻した。
ミナトの言にか行動にかわからなかったが、サクモは白皙の面を紅潮させた。
サクモを、ミナトはさらにひき寄せる。
「もっと、おれに寄りかかって。道があまり良くないですからね。おれをクッションにしたら、少しは疲れが違うでしょう」
素直に、サクモは身を寄せた。
サクモは、こころもからだも丈夫ではない。忍術の天才であり、抜群のチャクラコントロールで、戦場では、白い牙と異名をとる最強忍者だったが、任務外のときは伏せっていることが多い。
ミナトは、さらに天才、木の葉の黄色い閃光として名が通っている。サクモよりずっと若いが、既に、四代目火影の候補にあがっている。サクモもまた、ミナトが次代の火影となる未来を疑ったことはない、と明言している。
そして、わずか五歳にして忍者登録をなしているカカシと、三人そろって長い休みが取れ、旅行に出られることなど、この戦乱の時代、奇跡のようなものなのだ。
自らの体調不良で、休暇を台無しにしたくはない気持ちは、サクモにも強いようだった。
時は、風薫る五月。
走り抜けていく窓外には、のどかな田園風景が広がる。
ミナトは、自分の肩に凭れているサクモの、銀髪を指で梳いては流し、時々、掌にとった一房に口付ける。
サクモが、甘い息を吐く。
最初の言葉がきいたのか、御者が幼いカカシと接する時間を長くとろうとしているものか、馬車は、ゆっくりと高原をのぼっていく。
「ああ、あの鳥。里や戦場では見ませんね」
まるで、ゆっくり走る馬車を見物にきたかのように、窓際に沿って羽ばたく鮮やかな色の鳥を、ミナトは指差す。
「美しい羽の色ですね」
乗り出そうとするサクモの身を、ミナトは、強い力で押さえつけた。
「おれから離れないで。鳥なんかより、サクモさんのほうが、ずっと美しいです」
サクモは困ったような笑みを口許に浮かべた。
ミナトが、サクモの美貌を賛嘆するたび、そんな表情をする。謙遜でもはにかみでもなく、サクモはミナトの言うことを、困った冗談だと思っているらしい。
男女の枠にとらわれることもなく、サクモが美しいことは、ミナトばかりではなく、サクモを知る皆が承知している、単なる事実である(とミナトは思う)のに、サクモは認めない。それどころか、自身を醜形であると思いこんでいるようなのだ。サクモの心の中で、彼自身がどう見えているのかを、いっそ見てみたいものだ、とミナトはいつも考える。
「美人さんは、あなただけで充分ですよ」
からかうように言い、サクモは、ミナトの両肩に手を置き、鼻の頭にキスをした。
「ん、おれがハンサムなのは、わかる癖に」
金髪碧眼が輝くミナトもまた美しい若者だったが、彼は、自分が容姿にすぐれていることを物心ついたときから知っている。それを上手く利用してもきた。
「こども扱いはきらいです」
密室であることを幸いに、ミナトはサクモの身を両腕のなかに囲い、情熱的に口を吸った。
サクモは、事があれば、ミナトを他愛無いことばかり言うこどものように扱うから。随分と年下であることを、思い出させようとするから。
だから、ミナトは。
自分が危険な男であることを、サクモを愛し、求めてやまない雄であることを、事あるごとに、態度で示す。
若い雄は、あっというまに膨張した。
サクモの淡い色の瞳に、怯えが滲んだ。
「酷いことなんて、おれが、サクモさんにするわけないでしょう?」
好青年そのものの笑顔を見せ、腕の中のサクモをやわらかく抱きなおす。
「嘘です。酷いことばかりします」
身体のこわばりを解いたサクモの声音は、ミナトをなじるようでいながら、甘かった。

「いいですかい? 馬車が入用だったら、夜中でもいつでも、すぐに呼んでくだせえよ」
御者はカカシに、繰り返し、自分を呼びだす方法を教え、カカシがそれを復唱し、帰りに呼ぶことを、サクモとミナトにも約束させてから、ようやくと、去っていった。
「気に入られたもんだねえ」
ミナトはカカシの、サクモと同じ色の髪を、くしゃくしゃとかきまわす。
「オレ、御者になる」
澄んだ声で、カカシは宣言した。
「あれ、列車から降りたときには、運転士になるって言ってなかったーっけ?」
サクモが笑って、揶揄する。
「運転士にもなる! 潜入任務のときはいっぱいなれたほうが、せいぞんりつが、たかくなるでしょ」
これまでと変わらないあどけない声で、カカシは言う。
一瞬、ミナトもサクモも詰まった。
カカシにとって、○○になる、というのは、遠い将来の夢ではない。任務を想定した経験だ。カカシは、もう忍者になっているのだから。
「ん、休暇中まで任務を思い出させないでよ。おれ、今回ばかりは、式が来ても無視するよ。さ、入ろう」
ミナトが、明るく言い放ち、休暇中の宿となる、コテージの扉を押した。

高原の休暇が、始まる。

コテージは、高原ホテルの別棟として、いくつかが独立して建てられていた。
食事は、朝と夕にホテルから運ばれてくる。
昼は、ホテルのレストランでもどこでも好きなところで摂ることになっていた。
大きくとられたバルコニーの向こうには、静かな湖が横たわっている。
サクモはカカシを抱きあげ、バルコニーに出て、湖を見つめる。
ミナトも続いた。
隣に。こんなに近くにいるのに。
サクモは、ミナトの存在など忘れたように、湖ばかりに心をとらわれている。
高原の清冽な風が、サクモの長い銀髪を揺らす。
「冷えてきましたね。なかに入りましょう」
ミナトはサクモの肩に手を置く。
サクモの応えはない。
「サクモさん!」
サクモの肩に置く手に力を入れ、幾分か強く、ミナトは名を呼ぶ。
「父さま、父さま。部屋に入ろうよ」
カカシが、小さな手で父の服を握る。
それでやっと、はっとしたようにサクモはカカシを見、ミナトに振り返った。
「ああ。すみません。なかに入りましょう」
サクモはカカシに向かって頷き、ミナトに微笑んだ。

ミナトは、サクモの男にしては細く真っ白な両の手首を握り締め、シーツに縫いつける。
「ミナト様」
サクモの声も表情も頼りない。
「湖と同じ色ですね。あんまり見つめるから、色がうつったのかな。ん、サクモさんの瞳のほうが、ずっと綺麗ですけどね」
言い、ミナトはサクモの手の動きを封じたまま、キスをする。
舌でつついて促し、サクモの唇を開かせる。
熱く蠢く舌はすぐにもぐりこんで、口内を犯す。
あまりにも長く口腔を支配され、サクモは鼻に抜ける息をもらす。
何も纏わない白い身体が、ほんのりと桜色になる。
「あなたが綺麗すぎるから、いけないんです」
ミナトは呟く。
綺麗すぎる。
男なのに。
ミナトより、ずっと年上の男なのに。
カカシを産んですぐに亡くなったとはいえ、妻も娶ったのに。
カカシという子が、いる父親なのに。
サクモさんて、何かの精霊みたいだ。
ミナトがもらした言葉を、自来也も綱手も、大蛇丸さえ嘲笑しなかった。
そういった類の血筋かもしれんの。
自来也は真顔で言った。
精霊みたいに無垢で、綺麗で。
それでいて、見る者全ての欲望をかきたてる妖しい精霊。
「あんなに、じっと湖を見てちゃ駄目です。見るのは、おれだけにして」
高原の美しい湖は、喜んでサクモを迎え入れるだろう。
奪っていくだろう。
渡さない。渡すものか。
ミナトは、ろくにほぐしもせず、まだ固いそこに、自身を埋めこんだ。
「う、く」
白い喉を反らし、銀色の長い髪を乱して、サクモは衝撃を逃がそうとする。
ミナトの怒張は、サクモを傷つけた。
血のぬめりを感じる。
それでも、ひたすらに押し入っていく。
「目を閉じないで。おれを、おれだけを見てください!」
ミナトは懇願する。
瞳にも身体にも焼きつける。
サクモを生身の肉体にひきずりおろす存在は、自分だけなのだと。
波風ミナトだけなのだと。
「あ…」
淡い蒼の色をした瞳が、ミナトを捉える。
瞳が、金髪の獰猛な獣を映す。
「ミナ、ト…」
「そうですよ。おれだけを見て。おれだけを呼んで」
一度、唇に口付けてから、ミナトは激しく腰を動かした。

暴力そのものであった最初の交わりを取り戻すように、ミナトは、ゆっくりとサクモの皮膚を刺激する。
「ふっ、い…や」
緩やかな刺激を、サクモは好まない。
好まないといえば、セックス自体を好きではないようだが。
抱かれることも、抱くことも、サクモは欲さない。
「いやじゃないでしょう? 大きくなってますよ?」
ミナトは、サクモの生理的な反応をたてにとる。
心は望んでいないことを知っている。
けれど、ミナトにとってはありがたいことに、サクモは男で、男の身体は嘘をつけない。
「ん、もっと楽しんでくださいよ。気持ちいいでしょう?」
サクモの瞳が潤む。
性を楽しむという発想など、彼のなかの何処にもないのだろう。
「愛しています。サクモさんも、おれを愛して。おれだけを愛して」
サクモの射精をうながし、ミナトは呪詛のように、言葉を紡ぎ続ける。
「くっ」
精液が迸る。
身体は、当たり前の反応をしても。
サクモの心は、男としても、人としても、ミナトが知っているようには機能しない。
その身が弛緩したのを確認し、ミナトはサクモの内に再び入りこうもと態勢をかえた。
唐突に、サクモの瞳が大きく見開いた。
サクモはミナトの下から逃れ、隣の寝台で眠っているカカシのそばに立つ。
一糸も纏わないまま。
「父さま」
カカシが細い両手をのばす。
昼間の疲れからか、ぐっすりと寝込んでいたカカシだが、空気の乱れに、眠りを妨げられたらしい。
「いるよ。安心して」
サクモはカカシの手を握り、ミナトには、決して与えられない声音で、カカシをあやす。
優しい優しい仕草。
優しい優しい声。
小さな唇を笑いの形にし、カカシはまた、眠りに落ちていった。
その呼吸を確かめて、サクモはミナトを振り返る。
カカシを見つめているのとは違う、怯えを含んだ淡い色の瞳が、ミナトの怒りを呼んだ。
「ミナト様」
弱々しい響きにも、怒りは増す。
ミナトはサクモの腰をとらえ、乱暴に、寝台に投げだした。
「夢中になんてなれませんか? カカシの気配がすこし変わっただけで、さめるくらい」
「ちが…」
最後までを言わせないで荒々しく口を奪う。
「では、もう、手加減なんてしませんよ」
黄金の獣が、牙をむく。

高原の夜明けまで、まだたっぷりと時間があった。

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