靴先
いつものように、はたけカカシは波風ミナトと共に、踊る父を見ていた。
普段は温和で、どちらかといえば気弱な様子の父はたけサクモは、ひとたび、タンゴのリズムに乗ると、情熱と魔の化身となる。
見るものはときに魂を奪われ、パートナーは一瞬で恋におちてしまう。
カカシの肩に手を置き、ミナトは食い入るように、サクモの足捌きを見つめる。
なぜか、ミナトは常にサクモの足先ばかりを凝視するのだ。
音が止み、舞台から退くと、サクモは優しい父以外の何者でもなくなる。
ミナトもまた快活で明朗な青年に戻り、カカシは安心して、父と兄と呼ぶ人に甘えるのだった。

ミナトは、決して人前では踊らなかった。
父の後援者として、或いは親しい友人として近くにあり、請われることも多かったのだが、戯れのダンスをすることすらない。
だが、カカシは、ミナトが踊りの名手であることを知っていた。
カカシ以外に、誰もいなければ。
スーツのまま、ミナトはサクモの手を取る。
馴染んだタンゴのリズム。
足と足を絡ませ、このときだけは、ミナトはサクモの顔を見つめ、サクモもミナトにうっとりと微笑みかける。
それは、サクモが踏むいつものステップであるのに、全く違ったものであるように、幼いカカシには感じられた。

一度だけ、カカシは見たことがある。
夜中に不意に目覚めて怖くなり、父の部屋に走った。
しかし、部屋に父はいなかった。
居間から、細い灯りが洩れていた。
扉の隙間から、カカシはそっと覗く。
テーブルに父が座っていた。
服は乱れ、足下にミナトが跪いている。
「この足が、誰も彼もを誘惑する」
ミナトは低い声で言い、靴を脱がせた裸足の、サクモの足先を口に含んだ。
「んんっ」
白い喉をのけぞらせて、サクモは鼻から抜ける声をあげる。
夜の闇よりも、もっと怖いものだった。
カカシは立ち竦む。
気配に気付いたのだろうか。
サクモの足指を舐めながら、ミナトは、扉に向かって笑ってみせた。
カカシは、全神経を足先に集中させ、音を立てないように細心の注意を払って、自室に帰った。
頭から布団をかぶり、かたく目を瞑った。
翌朝、サクモにもミナトにも変わりはなく、優しい父と兄と呼ぶ人で、カカシは、自分はとても変な夢を見たのだ、と無理やりに思い込んだ。

しかし、それから、カカシは、父の足先ばかりを見つめるようになってしまった。
ミナトと同じように。
踊る、父の靴の先を凝視する。
靴の中に隠された白い足の指が、透けて見えるような、気がした。

ばいおば様に捧げます。

戻る