ホットケーキの日(O阪弁ミナサク)

「今日、ミナトの誕生日やった!」
 夕食も終わって、一息入れたところで、はたけサクモが叫んだ。波風ミナトは嘆息する。
「別に、ええですよ。祝うような年やなし」
「そんなん、十代、最後の大切な年やのに」
 サクモは、本気で蒼くなっている。
 食卓から離れたはたけカカシが、どこかへ走っていって、戻ってきた。手には、赤くて細いリボンを持っている。
「父さん、指、出して」
 椅子に座ったままのサクモの人差し指をとり、そこにリボンを巻きつけた。
 それから、どうだ、という顔でミナトを見あげる。
「はい。先生。オレからの誕生日プレゼント」
「「ちゃうやん!」」
 サクモとミナトの声が合った。
「なんで? せんせいが、いっちゃん、ほしいもんやん?」
 カカシは、可愛らしく小首を傾げる。
「サクモさんは、誕生日とか、特別な日だけのもんちゃうし! ほしいときは、いつかて貰わな」
「このリボン、お隣のイルカちゃんから、カカシのお誕生日に、もろたプレゼント、包んであったリボンで、カカシ、包み紙もリボンも大切にしてたやん。父さんに巻いたらあかん」
 ミナトの言い分と、サクモの言い分は、大幅にずれている。
「どないしよう? 明日でも、ええ? ケーキとプレゼント」
 サクモが、こわごわとミナトを見る。
 ミナトは苦笑した。
「別に、ええですよ。気にせんでください。あ、プレゼントは今夜中に、カカシくんが寝たあと、たっぷり」
 にこやかに言い放つミナトの口を、サクモは掌で塞ぐ。
「あ、リボンだけ、後で返して」
 意味はわかっていないのだろうが、カカシが淡々と続けるので、サクモは、顔を真っ赤にした。
「い、今から、コンビニのケーキ、いうのも、なんやし」
 サクモは、無理矢理に話題を変える。
「せやったら、ほっとけーき、つくらへん? きょうね、みなとせんせいの、たんじょうびだけ、ちごてね、ちゅうかまんのひで、ほっとけーきのひ、やねんて」
 カカシが顔を輝かせて、言う。
「え、夕御飯、食べたばっかりやのに」
 ミナトが渋い顔をする。
「かかし、ほっとけーきは、べつばら、やもん!」
 カカシが胸を張る。
「ほんま、どこで覚えてくるん、そういう言葉。ん! しゃあないな、作ろか。素も安売りんときに買うたんがあるし」
 当然、自分が作るつもりで、ミナトは棚から、ホットケーキの粉を出す。
「ミナトの誕生日ですから。オレが作ります」
 おもむろにサクモが立ちあがり、赤いリボンを丁寧に解いて卓に置き、普段、ミナトが付けているピンクのエプロンをして、腕まくりをした。
「わ、わあ、サクモさん、かわいー。おれは、どっちかいうたら、何も着んで、エプロンだけしてくれたほうが」
 ホットケーキの粉を顔の前に突きつけ、サクモは、ミナトに、その後を言わせない。
「ええと。卵と、牛乳を…」
 サクモは、箱の裏に書かれた作り方を、真剣に読む。
「かかしも、えぷろん、する!」
 さっそく、カカシが父の真似をしたがったので、ミナトは、カカシに、別の前掛けを巻いてやる。ミナトのものなので、エプロンドレスのようになった。カカシ本人は、満足そうである。
「サクモさん、大丈夫ですか? おれが、やりましょうか?」
 ミナトは、おっかなびっくり、卵を冷蔵庫から出しているサクモに声をかける。
 サクモは、まったく料理をしない。というより、できない。
 グラフィックデザイナーという、美術の仕事をしているのに、不思議なセンスをしていて、きわめつけの不器用者だ。
 家事はもちろん、カカシも、ほぼミナトが育てたようなものである。
「ミナトは、じっとしてて」
 サクモは、何か勝負に挑むような顔つきである。
「とうさん、とうさん。たまご、かかしが、わる」
「うん。ほな、頼む」
 カカシの小さな手に卵を渡して、サクモは、ほっとしたような表情になる。
 ミナトは、腰掛けたものの、気が気ではない。
 科学の実験でもしているように、きっちりと測って牛乳を入れたサクモは、調理を通りこして、何かの儀式のように、泡立てはじめる。
「かかしもやる!」
 カカシが手を出すが、サクモは首を振る。
「きちんと空気をいれて、混ぜなあかんらしい。カカシには、まだ早い」
「えええ、はやいん?」
 サクモさんよりは、お手伝いしてくれてるし、カカシのほうが慣れてると思うけど。
 ミナトは、心の中で呟くが、口には出さない。
「ああっ。サクモさん! やっぱり、おれが焼きますから」
 混ぜるまではともかく、フライパンを扱うサクモの手元が、あまりに危うくて、ミナトは腰を浮かせる。
「オレかて、学生時代は自炊しとったんです。心配せんで」
 自炊て、三食、外食しとったって、自分で言うてたやん!
 というのも、突っ込めないミナトである。
「火傷、火傷せんように、気をつけてください! カカシ、離れてて!」
 電熱器であるから、火が飛ばないことだけは幸いだ、と、ミナトはオール電化に感謝した。
 ゆっくり、ゆっくり、サクモは、ホットケーキになるべき素を、フライパンに落とす。
「最後の、そして、一番の難関」
 呟きながら、サクモはフライ返しの柄を握りしめる。
「かかしが、やる!」
 またもカカシが立候補するが、サクモは静かに言う。
「カカシ。これは、父さんの、男としての闘いなんや」
「わかった。かかし、じゃませえへん」
 父と子はわかりあった。
 が、ミナトは、頭を抱えている。
「そいやっ!」
 気合の入った掛け声で、サクモはホットケーキを引っくり返す。
 ミナトが懸念したように、よそに飛んでいきはしなかったが、形は、見事に崩れた。
「ええですから! これで、いや、これが、ええですから!」
 ミナトは必死で宥め、新しいものを焼こうとするサクモを止めることに成功した。

「「ミナト、
 ミナト先生、誕生日おめでとう!」」

 改めて、食卓に座りなおし、形は変だが、味は、美味しい(余計な手を加えなかったので)、ホットケーキで、はたけ親子はミナトを祝った。
 胸が熱くなるような幸福を、ミナトは味わっていた。
 どう贔屓目に見ても、ホットケーキの形は変だったが。

「ありがとうございます。ものすご、ええ、誕生日になりました」
 興奮したカカシをやっと寝かせ、自分たちもベッドに入って、ミナトはサクモにキスをして言う。
「せやったら、良かったけど。ちゃんとしたプレゼントも、用意しますからね」
 サクモは、ふわり、と笑う。
 ミナトの大好きな、サクモの笑顔。
「ん! ちゃんとしたプレゼント、これから、貰いますよ。せっかく、カカシくんが用意してくれたんやし」
「え、そんな、プレゼントになるもん、ちゃうって」
 サクモは、身を捩ってのがれようとする。
「せやから、特別なもんやのうて、欲しいときは、いつでも、貰うんです。今、欲しい」
 ミナトの青い瞳が、サクモを射抜く。
 諦めたように、サクモは笑った。

 誕生日、おめでとう。
 あなたの居る、この世界すべてが、わたしへのプレゼント。
2011/01/23、コミックシティ配布ペーパー

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