ミナト

カカシが火影執務室に入ると、四代目の火影は机につかず、窓際に立って、ガラス越しの景色を見つめていた。
木の葉の里には珍しく、雪が降っていた。
先生、と喉元まで出かかったものを慌てて呑み込んだカカシは、四代目、と呼びかける。
「カカシ。おれね、今日、誕生日なんだ」
振り返ることなく、四代目が言う。
「存じています。おめでとうございます」
カカシは、とことこと四代目に歩みより、持っていた花束を差しだす。
やっとカカシを見て、四代目は、光が弾けるように笑った。
「ありがとう。カカシの見立ては、いつもいいね」
香りを楽しむような表情をしてから、四代目は、空の色をしている瞳をカカシに当てる。
怖いほどに真剣だった。
「お願いがあるんだ」
「オレ……私に出来ることなら」
カカシは、忠実な部下の顔をする。
「カカシくんにしか出来ないことだよ」
四代目は少し腰をかがめて、カカシと同じ目の高さになった。
「ミナトって呼んで。敬称も何も付けないでね。先生も無しだよ。それから、誕生日、おめでとうって言って」
火影を、師を、そして兄と慕ってきたひとを、呼び捨てにすることに、カカシは戸惑った。
だが、そのひとが、カカシにしか出来ないと言うから。
こんなことを言い出す理由を、カカシは、たぶん、知っているから。
思いきり声を低めて、カカシは言った。
「ミナト。誕生日、おめでとう」
四代目は、波風ミナトは、ぐっと目を閉じた。
それから、花束ごとカカシを抱きしめて、ありがとう、と小声で言った。

ミナト。誕生日、おめでとう。
ありがとうございます。サクモさん。おれ、また一つ、サクモさんに近づきましたよ。
いや。私の誕生日もくるから。年の開きは変わらないよ。
じゃあ、おれの誕生日プレゼントに。サクモさんは年を取らないことにしてください。
また、無茶を言う。

サクもが逝ったのは、今日と同じように、木の葉の里には珍しい、雪が降った日の翌日だった。
雪が溶けるのと合わせるように、サクモも命を消した。
ミナトの誕生日を迎える前だった。
もう、サクモは年を重ねることはなく。
ミナトは、今日、サクモが時を止めたときと同じ年齢になった。

ミナト。誕生日、おめでとう。
ミナト。

カカシを抱きしめて、震えをおさえ、腕をほどいたときには、ミナトは四代目火影の顔に戻っていた。
「ごめんね」
カカシに笑いかける。
カカシはただ、首を横に振る。
「雪、やまないね」
なんでもないような声で、四代目火影は言った。

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