願い

スリーマンセルを組むまでに割と長くかかり、幼いはたけカカシは、単独任務や波風ミナトとのツーマン任務を多くこなしていた。
大掛かりな作戦や戦場ではさすがに無いのだけれど、カカシと二人、里外に出たときに、ミナトは神社や仏閣、小さな祠や地蔵でも、見つけると必ず、足をとめるのだった。
「カカシ、お参りしていこう」
荒れていれば、手早く汚れを払ったり草を抜いたりし、ミナトは真剣に手を合わせる。
供える物などたいてい持っていなかったので、ミナトは兵糧丸を一粒、置いていったりする。
神様や仏様は、兵糧丸を供えられても困るだろうなあ、と幼いながらにカカシは思った。
だが、ミナトには何も言わず、一緒に手を合わせた。
総じて、忍者は縁起をかついだり、迷信を信じていたり、信心深い者が大半なのだが、徹底したリアリストのミナトが、武運長久や里の繁栄、自らの幸運を祈ったりはしないことを、カカシは知っていた。
一体の辻地蔵にさえ、ミナトが祈ること。
サクモさんが丈夫になりますように。
病で連れていかれたり、しませんように。
ただ、それだけを。
カカシの父、はたけサクモは、木の葉の白い牙とおそれられる天才忍者だったが、心も身体も丈夫ではなかった。
天才というのは正しくて、鍛えあげて得るものではなく、最初から出来る術を使いこなして、サクモは一線をはっていたのだ。
ある意味、残酷なことだった。
平凡な、あるいは大多数の人よりも弱い心と身体から、天才的な忍術が次々と繰りだされるというのは。
ミナトもまた天才と呼ばれた忍者だが、これはもう、天才としか言いようがなかった。
すべてに突出していた。
細身の美形という外見を裏切り、心身ともに頑健で、八時間の肉体の酷使も十五分の睡眠で取り戻すことが出来た。
風邪も引いたことがなく、身の不調など想像でしか補えなかった。
カカシの母もまた丈夫ではなく、出産で命を落とすほどであったのに、父そっくりの容姿を持ちながら、カカシは父にも母にも似ず、ミナトと同等の頑健さを示していた。
ミナト様に指導していただいたら、からだまで健康なんだねえ。
父は、カカシが元気であることを、何よりも喜んでいた。
一人、寝付くことが多い自分をサクモは恥じ、ミナトとカカシは、我が身では味わったことのない辛さを心配して、おろおろとするばかりだった。
ミナトはサクモを愛していたから、愛するひとの苦しみは耐えがたかったのだろう。
身体にいいと言われるものは、ミナトはサクモのためになんでも求めてきたし、なんでもやったのだけれど、悪いわけではなく、弱いというサクモの体質を、どうすることも出来なかった。
だから、天才忍者は、何を祀っているのかさえわからなくなった祠にも、すがる。
サクモさんが元気で、苦しい思いなんてしなくなりますように。
サクモさんが丈夫になりますように。
サクモさんが、病に連れていかれませんように。
カカシも、野で摘んだ花を供え、祈る。

ミナトとカカシの願いは、聞き届けられた。
サクモは、病によって奪われはしなかった。
もう、苦しい思いをすることもない。

サクモが自殺してから後も、ミナトは、神社や仏閣、小さな祠や地蔵にも、手を合わせるのをやめなかった。
何を祈っているのか、カカシは尋ねてみた。
「すっごく嫌味にね、お礼を言ってまわってるんだ。ほんとは、直接、意地悪って、苦情をぶつけたいんだけどさ。サクモさんがいるところに、近いんだろうし、サクモさんがとばっちり受けたら、困るから」
ミナトはそう言って、彼らしい悪戯っ子のような顔で笑った。

戻る