カカシは、泣きながら、帰ってきた。
 傘の骨が折れてしまった、という。
「これは、どないも、ならんなあ。新しいの、買わんと」
 ミナトが言うと、カカシの涙が、なお溢れた。
「なおされへんの?」
「うーん。無理、ちゃうかなあ。何、したん?」
「らっかさんごっこ」
「……落下傘ごっこ?!」
 意味を理解したミナトの頬が引きつる。
「うん。あめが、やんだときに、がいと、さかから、とびおりっこ、やったん。あ、がいのかさはね、ほねだけやのうて、やぶれとった」
 がい、というのはマイト・ガイというカカシの同級生で、何かと張り合っては、勝負をしているらしい。
 ミナトは嘆息した。
「傘だけで、カカシの骨が折れんでよかったわ。ガイくんも、怪我してへんやろね?」
「がいが、けがなんか、するわけ、あれへん」
 もう一度、ミナトは息を吐いた。
「今のことは、サクモさんに言わんとき。心配して、熱が上がる。それから、二度と、落下傘ごっこはしたら、あかんで」
「うん。せえへん。ねえ、このかさ、すてな、あかん?」
 カカシは小学校に入ったときに買ったこの雨傘を、非常に気に入っていた。
「捨てたなかったら、置いといても、ええよ。使うんは、新しいのを買うて、それにしなさい」
「はい、せんせい」
 カカシは、やっと笑顔になった。

 夕食はサクモも起きることが出来て、三人で食卓を囲んだ。
 興奮したカカシは、ミナトの口止めも忘れて、サクモに、落下傘ごっこを嬉々として語った。
 サクモは眉を潜めた。
「怪我、せえへんかった?」
「うん。かかしも、がいも、ぴんぴん。でも、かさのほねがおれてん」
 そこまで言って、初めて思い出して慌てたたように、カカシは、ミナトの顔色をうかがう。
 ミナトは苦笑した。
 サクモは、重々しく語をつなぐ。
「そんなん、二度としたらあかんで。落下傘降下はね、ものすご訓練した空挺部隊のエリートしか、でけへんねん。落下傘も体重を計算せな、あかんし。雨傘なんか、あかんにきもてるやん」
 ミナトの苦笑が濃くなった。
 カカシが落下傘ごっこなど思いついたのは、ガイの影響ではなく、サクモの影響らしい。
 サクモはミステリや冒険小説が大好きで、御伽噺がわりに、そのストーリーをカカシに語って聞かせるのだった。
「とにかく。カカシ、危ないことはしたら、あかんよ。傘は、今度の休みの日に買いにいこ」
 ミナトが締めくくると、サクモに叱られずにすんだカカシは、にっこり笑って頷いた。

 落下傘ごっこは、カカシにとって一大トピックスとしての出来事だったらしく、夕食の後も、まだ何やかやと語っていたが、風呂に入ると、ことりと眠ってしまった。
 ミナトやサクモと一緒に寝る、まだテレビを見る、本を読んで、など、ひとしきりねだることが日常なのだが。
 大人たちには、余裕が出来て助かった。
「大人しいこやと思てましたけど、カカシもやんちゃな年齢になったんですねえ」
 寝床に入り、サクモの銀髪を弄びながらミナトは嘆息する。
「カカシは、見かけがあんなやから、女の子に間違われるようなこやけど、中身、ミナトそっくりやから」
 サクモが、くすくす笑う。
「あ、おれのせいにしますか」
 ミナトは、サクモの髪を、少し強く引き、額に口付ける。
 サクモは、声を立てて笑う。
「ん! 夕食もしっかり食べてくれたし、熱ももう上がらんし。もう、大丈夫ですね」
「せやから、朝から大丈夫やて言うてますやん」
「それじゃあ、昼間のトライアゲインで」
 ミナトは、さっさとサクモの寝衣を脱がせる。
 サクモは抗わなかった。
 ミナトもすぐに、一糸も纏わない姿になる。
 皮膚と皮膚を密着させて。
互いに背中を強く抱き、キスをする。
「ああ。これやったら、サクモさん、怖ないんですね」
 頬を赤くして、サクモが答える。
「……するのんがいやなん違うて、言うた」
「ん! 了解です」
 ミナトは、無邪気な笑みを見せる。
 そのくせ、指は、淫らに動く。
 サクモの白く滑らかな肌を、的確に刺激していく。
「んっ」
 サクモが喉を反らせる。
 ミナトは急がなかった。
 全身へのキス。
 全身への愛撫。
 そして、丹念に後ろをほぐし、大きくかたくなった己の男性を埋めこむ。
「あ、ん」
 首を振って、銀髪を揺らめかせながら、サクモは悩ましい声を挙げる。
 奥へは、ほとんど動くか動かないかの、刺激を与えながら、ミナトはサクモの前を育てる。
 全身への、特に後ろへの官能に気をとられているせいか、サクモはいやがる素振りをみせない。
 繋がったまま、サクモの前を扱く。
 小さく声をあげて、ミナトの雄をひと際、締めつけながらサクモは射精した。
 ミナトは、そのままの状態で、後ろを責めつづける。
 サクモの内側を、すべて自分で満たしたい。
 その妄執で、ミナトは、引きぬくこともしないで、何度も放った。
 サクモは、ただ喘ぎ、ミナトの背に縋りついていた。

「わかりました。サクモさんは激しいほうが好きなんですね」
 事後の甘さをわけあいながら、ミナトは、サクモの耳元に囁く。
「それが好きなんは、ミナト。体力、考えたら、もう、なんぼもせんうちに、付き合われへんようになります」
 サクモは、だるそうに返す。
「それは困ります。ずっと付き合ってもらわんと。あと六十年くらいは」
 サクモは、目を見開いた。
「そんなん、生きてるかどうかもわからん年月やん」
「生きます。それで、付き合ってもらいます」
 美しい顔を真剣な表情でかためて、ミナトはサクモの顔を見つめる。
 呆れたように見返してから、ふっとサクモは、力を抜いて笑った。
 ミナトの大好きな、ふわっとした笑みだった。
「死因は確実に腹上死ですね」
「それこそ、男の一生の最期として本望ですわ」
 笑いあい、キスを繰り返す。

 窓の外で、また雨粒がガラスをたたく音がした。
 つゆの雨は、休む気もないらしい。
 だが、窓の中はとても暖かく、濡れることもない。
 ミナトとサクモは、さらに身を寄せあった。
 悲しみのかげは近寄ることも出来ないほどに、暖かかった。

 いつまでも、いつまででも、いっしょに。

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