サロメ5
「イルカ先生。イルカ、イルカ。あなたに口接けするよ」
イルカの頬を繊細な両手ではさみ、カカシは甘く告げて、接吻した。
柔らかな、女と女の唇。
その母とその母が恋焦がれた、黒い瞳と黒い瞳を合わせる。
黒髪で黒い瞳の女の子。
サクモが望んだもの。
イルカの母が、父が、ミナトが、カカシが、イルカが。
サクモに与えようと、全てを捧げたもの。
カカシは直観する。
サクモは、自分と正反対の他者が欲しかったのだ。
絶対的な他者を愛したかったのだ。
そして、愛した。
サクモと同じ世界へ旅立っていった人たちは、知っただろうか。
安心しただろうか。
狂っているのか、いないのか、二つに分類するなら、狂っているのだろう。
でも、だからこそ愛しいサクモのために、世界のほうを変えた人たちは。
サクモはカカシを愛していた。
ミナトを愛していた。
イルカの母を、父を愛していた。
おそらく、見たこともないイルカも愛していただろう。
そして、サクモは、心底から幸福だったのだ。
あの、うっとりするような幸福そうな笑みは、真の幸福感からきていたのだ。
ミナトは知っただろう。
カカシは確信する。
四代目があんな去り方をしたのは、この世に何か仕掛けをしていったからだ。
やれやれ。
自分は、自分たちは、その厄介な仕掛けを解くために翻弄される運命にある。
お互い、厄介なお父さんを持ったね。
心の中でナルトに話しかけ、まずは、この仕掛けをとくために印を結ぶ。
カカシの腕の中にある身体が、急に硬度を増した。
自分の身からも、柔らさが無くなる。
イルカの瞳に映るカカシは。
好き勝手に跳ねる銀髪と、黒い瞳を持った美しい男。
カカシの瞳には、長く黒い髪を敷布に広げた、黒い瞳の顔の真ん中を横切る一文字の傷を持つ、瑞々しい若さに溢れた男が映る。
「きれい」
呟いて、カカシは、先刻よりはかたい身を抱きしめる。
先刻よりは薄く、かたい唇を合わせる。
それぞれの男の欲望が形になった。
熱い息を吐き、身じろぎしているイルカは、その感覚に戸惑っている。
カカシは、女と違って潤うはずのない箇所に、指を挿入する。
痛みと、未知の感触に、イルカは反り返る。
迷わなかった。
カカシは男の欲望を、イルカに突き立てた。
欲望のままに、突き立てた。
後になって。
驚愕や衝撃やいろんなものが過ぎ去って、考えられるようになって、イルカは言った。
どちらかが、つまりは自分が女のままのほうが、良かったのではないか。
カカシは言う。
「ぜんぶね、仕掛けを解いたから、こうやって抱きあえるんですよ。途中じゃ、だめ。それにね、こっちのイルカのほうが、きれいだから好き」
「女の姿だって美人てわけじゃあなかったですが、今の俺なんて、むくつけき野郎以外の何者でもないでしょう!」
外見も内面もすっかり本性を取り戻して、仮面なんかかぶったこともありません、という様子で、イルカは強く語を発する。
可愛くてたまらない。
サクモが、ミナトが、イルカの母と父が。
用意してくれた幸せを、抱きしめる。
世界一、幸せ。
天から貰った幸せ、ぜんぶ。
今、自分は、輝くような幸福に包まれてうっとりと微笑んでいたサクモと、同じ表情をしているのだろう、とカカシは思った。
イルカの作るむすびは、ごつごつしていてやたらと大きい。
「せっかく分けてやっても、ミズキなんか、文句しか言わねえんですよ。ほんと、あいつ、性格悪くて。でも、男はみーんな惚れちまうんですから。男って、ばかですよね」
憤然と、イルカはそんなことを言う。
アカデミーの中庭でご相伴に預かりながら、カカシはくすくすと笑う。
「男ですよ。オレたちも。どんなに文句を言われても、ねだられると、いつも、あげるんでしょう?」
「え、まあ。ミズキも、あれで、いいとこもあるんです」
イルカは頬を赤くする。
「それで、ミズキ先生も、あなたにしかねだりに来ないんでしょう? そんな姿は、あなたにしか見せないんでしょう?」
「いや、ゲンマさんなんかには、わりと本性を…」
赤くなったまま、イルカは俯いてしまう。
カカシは言う。
「可愛い女ですからね」
鋭い頭脳や知恵、忍者としての優秀さは平凡でも、可愛い女としては特級だ。
カカシを男だと一目で見抜いた。
ゲンマをとらえて離さない。
イルカが男であることも、とてもいい男であることも、本能で知っていたのだろう。
敵に回したら、最悪だ。
もう、敵認定されている感が、ひしひしとするが。
「あ、カカシさん、お弁当、ついてますよ」
照れもなにもなく、勿体無いから、くらいの気持ちなのか、イルカが唇を寄せ、カカシの口の端から米粒をなめとった。
カカシはたまらなくなり、齧りかけの大きなむずびを置いて、イルカを抱きしめてキスした。