疾風怒涛の時代(O阪パラレル)

窓はうっすらと曇っていた。
外気は冷たい。
「こないだまで、暑は夏かってんで? なんで秋、とばして冬やねん?」
金髪碧眼の、百人いたら百人が美しいと称するだろう容姿を持つ波風ミナトが、硝子にへのへのもへじを書きながら、ぼやいた。
「ここは、温暖化どうこういう話題を求めてへんですよね?」
将棋盤に、ぱちり、と駒を打ちこみながら、奈良シカクが言う。
「なんか言いたいことの序詞ですやろ?」
シカクの手に腕を組んで考え込みながら、山中いのいちが続ける。
「秋がけえへんだけに、飽きがこんでよかった、ゆうシャレですかあ?」
シカクといのいちの勝負を見遣りつつ、スナック菓子の袋に手をつっこんで、秋道チョウザがとどめを刺す。
ミナトは、優美な足取りでチョウザに近寄り、額の両脇から、拳でぐりぐりとした。
「なんで、おれが、そないなしょむないシャレ、言わなあかんねん」
「せやかて、暑は夏いとか、めちゃめちゃしょうもないシャレ…、先輩、痛い」
「あれは既にもう、シャレとちゃうやろ。様式美やろが。秋がけえへんかったら、秋道のおまえん一族がいちばん困るやろが」
「そんなん、言いがかり、って、先輩、マジ、痛い! やめて!」
ひとしきり、チョウザをいたぶって満足してから、ミナトは、手をはなす。
またも窓の外を見て、小さく嘆息する。
近隣の女子高生が、様付けで呼ぶにふさわしい物憂い美少年ぶりだ。
「帰らはらへんで、ええんですか? カカシくんのお迎え、行きはるんちゃいますのん?」
いのいちが、やっと打つ手を見つけて頷きながら、のんびりと言う。
「カカシ、三日前から、サクモさんと東京やねん」
ミナトは、今度は大きなため息をつく。
「なんや。それで寂しいてしゃあないだけですか」
シカクが、駒と言葉を、ぴしり、と打ち込む。
「せやったら、将棋部の部室なんてけえへんかて」
「一緒に行かはったら良かったですやん。先輩、三年やからって、いちはやく勝手に自由登校にしてますやん」
いのいち、チョウザがセリフを割りふられてから何度も練習したような息の合い方で、言う。
ミナトは、チョウザの額に両の拳をもう一度、当てる。
「あのな、サクモさんの亡くならはった奥さん、ほいでカカシのお母さんの実家での、法要やぞ? 他人のおれがのこのこ行けるようなもん、ちゃうやろが」
「せやかて、先輩かて、家族ですやん?」
チョウザは、まっすぐにミナトを見上げて言う。
ミナトは、手をはなし、深い深い息を吐いた。
「東京は、そないに思てへんて」
「せやったら、ますます行かな。無理でも、居場所をもぎとるんが木の葉学園流て、自来也先生もいつも言うてはりますやん」
「せやねんけどな」
ミナトは、年齢にふさわしくない苦笑じみた笑いを浮かべ、パイプ椅子に身を投げた。
「どっちにしろ、大学、行ったら、はなれなあかんし」
「あ、やっぱりトーダイにしはるんですか?」
いのいちが頷く。
「おれは、キョーダイでもハンダイでもええねんけど。おれのやりたいことやったら、トーダイのほうが都合ええねんて」
ミナトは、面倒くさそうに言った。
「くわっ。木の葉学園始まって以来の秀才は、言うこと、ちゃうー。トーダイでもキョーダイでもハンダイでもええ。言うてみてー」
チョウザが、菓子の袋の口を握りしめる。
「お、もっと嫌味なこと、言うたろか。エムアイティーでもハーバードでも、ケンブリッジでも、オックスフォードでも、なんでもええねん。おれは」
ミナトは、一見、爽やかに笑ってみせる。
「ほんまに、どこでも平気で入れそうなとこが、嫌味やわ。先輩は」
シカクが、息を吐く。
「ん、ほんまに、どこでも一緒」
サクモさんが、おらんとこなんて。
ミナトが口の中で呟いた語は、いのしかちょうトリオには聞こえなかったようだ。
あるいは、聞かない振りをされたのかもしれないが。

学校近くの一楽で、三人と共にラーメンを啜って夕食にし、ミナトは千里中央駅まで帰ってきた。
同じ駅で降りた女子高生たちが、ちらちらと視線を送ってくる。
あのこらと遊びに行こかな。
ミナトも、横目で彼女たちを見遣る。
どうぜ、今晩も、サクモさんもカカシも帰ってけえへんのやし。
サクモもカカシもいない、と思っただけで胸に苦味が広がる。
その苦味を感知したかのように、ポケットの奥で携帯電話が振動した。
取りだすと、サクモからのメールだった。
予定が早まって、夕方に着く飛行機に乗る、という知らせだった。
出発時刻と到着時刻を確認すると、今から行けば、ちょうど出迎えられる時間だった。
ミナトは、女子高生のことなどあっさり忘れて、モノレールの駅に走った。

ミナトを見つけるなり、小さなカカシが走ってきた。
感動の再会、とばかりに、ミナトもカカシを抱きあげる。
「ただいま戻りました」
後からゆっくりと歩いてきたサクモが、柔らかく笑む。
「おかえりなさい」
それを言うだけで、ミナトの胸がつまる。
あまり見ないサクモのスーツ姿が、目に眩しい。
三日前より、綺麗な気がする。
記憶の中より、実物のほうがずっと綺麗な気がする。
三日、はなれただけで耐えられない。
あかん。やっぱり、大学、こっちのにしよ。どこでもええわ。
ミナトは、決意する。
「あのね、東京のおうち、遊園地の中」
ミナトの腕の中におさまったまま、旅の間のことを、おもいつくままに喋っていたカカシが、不意に言う。
「え? せやった?」
カカシの母の実家は、閑静な住宅街にあったはずだが。
「いえ、遊園地は近いだけです。観覧車が大きく見えるので、カカシは遊園地の中だと思ってしまったみたいですね」
微笑して補足するサクモの言葉は、さらに、ミナトには理解できない。
ミナトの表情に、サクモは、言葉が足りないと気が付いたらしい。
「大学の近くで、場所はいいですよ。試験が終わった後だと、いい所は決まってしまうみたいですから、今のうちに火影様にさがしていただいたんです」
火影、というのはサクモの亡き妻、カカシの母の実家の姓だ。
「ええと、それて、おれが大学に受かったら、住むための部屋ですか?」
ミナトは、やっと話をつかむ。サクモは頷いた。
「はい。ミナトが気に入らなかったら、別の所でもいいですけど、とにかく、環境がいいんですよ。ミナトの大学にも、これからカカシが入る小学校も近いですし。私の仕事にも便利です」
「それて、それて、おれが東京の大学に行ったら、サクモさんも、カカシも東京に行く、いうことですか?」
カカシをぎゅうと抱きしめながら、ミナトはサクモを見つめる。
サクモは、不思議そうな顔をした。
「え? ミナトが東京に行って、私たちがこっちにいたのでは、離れ離れになるじゃないですか? なぜ、離れなならんのですか?」
サクモに抱きつきたい衝動を、ミナトはカカシを抱きしめて、やっとこらえた。
「これで、おれが受からんかったら、それこそ、シャレになりませんよね。ほんっきで頑張らな」
ミナトが真面目に言うと、サクモがきれいに笑った。
「大丈夫ですよ。万が一のときは、予備校も近いです」
何も言えなくなったかわりに、ミナトはぎゅうぎゅうとカカシを締めつけたので、とうとうカカシが苦しい、と悲鳴をあげた。

まだまだ少年と呼ばれる年齢だった。
波風ミナトの、疾風怒濤の時代は続く。

*サクモの言葉は、関西アクセントで読んでいただければ嬉しいです。

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