青い宝石

猛暑の夏は、唐突に去った。
昨日まで冷房をかけていたのに、今日は涼しいというよりも肌寒い。
はたけカカシは、家路につく足を速めた。
カカシの父、はたけサクモは、忍者としてはおそろしく強いくせに、身体が丈夫ではなく、季節の変わり目には、必ず風邪を引いて発熱していた。
カカシは、そんな父には似ず、頑丈なたちであったのだが、写輪眼の移植以来、チャクラ切れで寝込むことが多い。
今日も、入院するほどではないにせよ、チャクラは空に近く、体力も落ちている。
体内から温もるものを経口摂取し、横になろう。
そう、考えていた。

カカシの部屋の前で、扉に背を凭れかけさせて、奈良シカマルがだるそうに立っていた。
「お疲れス」
カカシの顔を見て、気だるく言う。
ほんと、年に似合った溌剌さってのが無ーいよ。
ナルトと足して二で割ればちょうど、いいのーにね。
自身も、その年齢には、ひどく大人びていたのだが、それは棚にあげ、カカシは勝手な感想を思いうかべる。
「なかに、入ってれば良かったのに」
シカマルにカカシは、合鍵を渡している。
そんなものなど無かろうと、シカマルなら、カカシの部屋の鍵もトラップも、簡単に解除できるだろうが。
「誰もいない部屋て、いやなんですよ」
シカマルは、肩をすくめる。
16歳のくせに、そんな仕草も板についている。
オレは、ここまでじゃなかったよねえ。
カカシは自分の人生を鑑みてしまう。
戸を開けようとするカカシの手首を掴まえ、シカマルは言う。
「誕生日、おめでとうございます」
「え、オレ? そうだっけ?」
カカシは外気に晒している右目を丸くする。
シカマルは、軽くため息をついた。
「そんな、こったろうと思いましたけど。アナタが、誕生日に俺が待ってるだろうと思って急いで帰ってきてくれるわきゃねえ、とは思ってましたスけどね」
握ったままの手首を返し、シカマルは、ポケットから出したものを、カカシの掌にのせた。
青く、青く光る石をあしらった指輪。
「なに? コレ?」
カカシは、単純に驚く。
「見りゃわかるっしょ。指輪ですよ」
「なんで、それを?」
「俺だって中忍です。いくらか貯めりゃあ、恋人の誕生日に指輪を贈れるくらいの報酬は貰ってます」
カカシは、指輪を逆の指でつまみあげ、凝視した。
それから、おもむろに、シカマルを振り返る。
「オレ、雷切、使うし、指輪は出来ないよ?」
「そ、そういうことじゃなくて! 恋人の誕生日には、指輪を贈るもんでしょうが!」
シカマルは顔を赤らめ、激したように叫んだ。
やっと年相応の反応かな、とカカシは微笑した。

9月の、カカシの誕生石、サファイヤ。
それを、むきだしで、部屋の外でそのまま渡すのは、シカマルなりの格好つけであったらしい。
「指に、はめてあげるんじゃなーいの? 恋人なら」
コーヒーをいれたマグカップをシカマルに渡し、からかうように、カカシは言う。
「それは、結婚式のときです」
大真面目に、シカマルは答える。
「その前に、ちゃんとダイヤのエンゲージリングも贈ります」
「様式美にこだわる男なんだね、シカマルは」
カカシは、やっと笑いをこらえているような顔をして、コーヒーを飲む。
「こだわります。様式になるってこたあ、大多数の人間にとって、それが、物事を為す最良、かつ最短の道てことスから」
カップを置き、カカシの手からもマグカップをとってテーブルに置き、シカマルは、カカシにキスを仕掛けた。
大胆な行動のくせに、手はかすかに震えていて、唇を掠めることがやっとのキス。
16歳なんだ、とカカシはまた、シカマルの年齢を思う。
すぐにシカマルは、カカシを「卒業」していくだろう。
それは、遠い未来ではなく、近い現実だ。
シカマルは、ひどく、むっとしたような顔をした。
「なんつか、俺んこと、ガキ扱いしてません?」
「してない、してない」
シカマルの鋭さに驚きながら、カカシは、手をひらひらと振る。
「ありがとーね。指輪。嬉しい」
カカシは、サファイヤの指輪を、自身がスリーマンセルを組んでいたときと、ナルトたち第七班の写真の間に置く。
「良かったス。宝物置き場に置いてもらえて」
シカマルが、にっと笑う。
「そうなの?」
カカシのほうが、首を傾げる。
「そうスよ。カカシ先生、大事なもの、全部、ベッドの枕元に集めてるじゃないですか」
「そう? かな?」
「そうですよ」
強く肯って、もう一度、シカマルはカカシにキスをする。
今度は、触れるだけではおさまらなかった。

「俺、カカシ先生から、離れませんから」
ベッドから身を乗りだし、指輪を手にとって、シカマルは言った。
カカシは仰臥したまま、無言でいる。
「この青い宝石を見ても、まず、四代目の瞳の色だ、なんて思わなくなって、自分の誕生石だって最初に思うようになって、自分で自分の誕生日を忘れるどころか、前の年から次の年の誕生日プレゼントをねだってくれるようになって、それでも、まだ、俺が傍にいますから」
カカシは、左の写輪眼まで見開いて、シカマルを見返る。
「俺がわからないとでも? なめてもらっちゃあ、困ります」
ほどいるので長い黒髪をかきあげ、シカマルは、カカシの指をとり、青い宝石を付けさせた。
「長く生きてるから勝ちってわけじゃないんスよ。その分、俺に、たくさんデータを与えてくれてるんですから。それで、俺は未知数スから。アンタは、俺に勝てませんよ」
カカシは、自分の指に光るサファイヤを見つめる。
輝かしい、少年ゆえの傲慢。
青い宝石よりも。
青い宝石よりも、青い、青い、この若鹿を。
確かに、愛している自分を、カカシは知った。
「勝たなくていいよ。おまえを愛してる」
カカシの形の良い唇からその言葉を吐かれたシカマルは「前言撤回、やっぱり勝てねえ」と呟いて、カカシの上に突っ伏した。

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