それは天使のような

それはカカシが特別、可愛いからだとアスマは思っていた。

生まれたときに母を亡くし、父は多忙な上忍だったので、カカシは赤ん坊のときからよく火影屋敷に預けられていた。
だから、一歳だけ年長のアスマとは、幼なじみというより兄弟みたいに育った。
小さいときのアスマは、カカシが自分のうちに「帰る」ことのほうが不思議だった。
なぜ、カカシは、しょっちゅうよそに連れていかれるのだろう?
アスマの母も三代目火影である父も、アスマと同じくらいあるいはアスマ以上に、屋敷の女たちも、まるで天使みたい、とカカシを可愛がっていた。
アスマも、カカシと遊ぶのが楽しかった。
可愛かった。本気で弟だと思っていた。
カカシを迎えに来る、カカシそっくりな銀色の髪のサクモさんや、金髪碧眼のミナト兄さんは、カカシとの時間を邪魔するかたきだった。
物心がついたときには、父とは老成した「火影様」だったアスマには、若く美しいサクモがカカシの父だということがうまく理解できなかったし、ほんとうの兄ではないのだというミナトがカカシたちと一緒に暮らしているというのも、よくわからなかった。
後になってからだ。
上忍のなかでも「木の葉の白い牙」とふたつ名をとるはたけサクモの子として、カカシが狙われるのを危惧し、警備の万端な火影屋敷に預けられ、家では若いながらに実力にすぐれたミナトが、子守と護衛を兼ねていたのだということを、それくらいの強者でなければカカシを守れないと判断される状況だったと、悟ったのは。
アスマはずっと、カカシが特別、可愛いからだと思っていた。
カカシが特別、可愛いから、天使みたいだから、自分の父や母や屋敷の人間たちの他に、サクモさんやミナト兄さんがカカシを連れていくのだと思っていたのだ。
サクモとミナトが恋人同士、もっと正確に言うとミナトがサクモに恋焦がれていたことを知るのは、もっともっと後になってからだった。

それはカカシが特別、可愛いからだとアスマは思っていた。

まるで天使みたいだった、などと語ろうものなら、本人も壮大に嫌がるであろうし、周囲は爆笑してからアスマの頭の調子を心配するだろう、という今になっても、その景色は消えない。
いくら、カカシのお父さんだと言われてもお兄さんにしか見えない、言ったら怒られるだろうけど、木の葉一美しくて強いくの一と言われている綱手姫より綺麗な、サクモさんが、微笑んでかがみ、アスマと同じ目の高さになる。
「いつも、カカシと遊んでくれてありがとうーね。これ、花の国のお土産」
サクモの真っ白な手の中にある、鮮やかな色彩で包まれた箱が、あまりに眩しくて。
アスマは、手を出せなかった。
「それ、アスマのだよ。花の国のお菓子は、すごく美味しいんだよ、ね?」
ミナトの胸に抱かれているカカシが、にこにこ笑いながら言い、ミナトをあおぐ。
「そうだよ。ん、サクモさんは、美味しいお菓子を選ぶのが、とっても上手なんだ」
自分の手柄のように誇らしそうに、ミナトの青い瞳がきらめく。
サクモさんは、いつもアスマに先にお土産をくれる。
カカシは、それに拗ねたり、焦れたり、することはない。
ちゃんと自分に、いちばんいい物が用意されていることを疑ったことなどないから。
サクモがいちばんに自分に愛情を降り注いでくれることを疑ったことなどないから。
銀の髪、銀の髪、金の髪。
真っ白な手の、鮮やかな包み。
アスマは、眩しさに目を細めながら、そっと手をのばす。
「ありがとうございます」
ぼそぼそと、小声で言う。
「アスマ、よかったね」
澄んだ高い、アスマよりも幼い声が寿ぐ。
それは天使のような。
天使を囲んでいるような、非現実的な景色。
まるで天使みたいだった、などと語ろうものなら、本人も壮大に嫌がるであろうし、周囲は爆笑してからアスマの頭の調子を心配するだろう、という今になっても、その景色は、アスマの頭蓋の中から決して消えない。

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