火の寺クリスマス

はたけサクモの胸には、黒髪の小さなイルカが抱かれていた。
カカシが右から、アスマが左から、サクモの足に縋りついている。
波風ミナトは、一人くらい引き受けようと思って近づいたのだが、こどもだちは固まって動こうとしない。
奥さんに逃げられた子沢山のお父さんみたいだ、とミナトは苦笑した。
実際、サクモは妻を亡くしているし、カカシはサクモの息子だが、普段は浮世離れした雰囲気で生活臭などない男だった。
ごおおおん。
荘厳に、鐘の音が本堂に響く。
僧たちが、声明の節回しと歌い方でクリスマスソングを歌う。
ミナトは笑いそうになるのを必死でこらえていたが、こどもだちも、サクモも、恐怖に凍りついたようになっている。
あまりに怖いためか、小さなイルカも、泣きもしない。
クリスマスがトラウマになるよなあ。
ミナトは、火の寺本堂の高い天井をあおいだ。

間違いに、間違いが重なったのだ。
火の国は、宗教や信仰に寛容だ。
もっと正しく言えば、かなりいい加減である。
国を守護する火の寺も、武装集団としての趣が強い。
その火の寺が、何を奮起したものか、クリスマスを取り入れた法会をやると言ってきたのだ。
新しい試みなので、警備する忍者が欲しい、と木の葉の里に依頼があった。
ミナトとサクモを名指しであったのは、武に優れた者を用意したいというよりも彩りだろう、とミナトは思った。
金髪、銀髪の色男なら、クリスマスのイルミネーションがわりに持ってこいだろう。
サクモと自分の容姿をはっきりと認識しているミナトだった。
三代目火影も同じような判断をしたらしく、物見遊山気分で、こどもたちを連れていくように命じた。
カカシもアスマも、やっと歩き始めたイルカも、みな可愛いから、天使役などもってこいだろう。
親ばかと長ばかの混じった言を受け入れて、何も考えずに、こども連れで、サクモとミナトは火の寺に行った。
着いてみたら、火の寺は真剣だった。
まずは、僧兵たちによる演武が粛々と行われた。
こどもたちは騒ぐこともせず、ただただ見入った。
サクモとミナトも、模範演武を乞われた。
その時点で、彩ではなく、本気で強い忍者を指名してきたのだ、とミナトは悟った。
サクモもミナトも、手抜きや手加減が出来ないたちである。
ミナトは、螺旋丸まで出してしまった。
発動する前に、勝負ありの声が掛かり、ミナトの勝利で終わったのだが。
そのあたりで、よほど殺気を感じたのか、こどもたちはミナトに寄ってこなくなった。
忍犬遣いのサクモには、本能的に懐いていくものらしい。
武の火の寺、本領を発揮したあとで法会となった。
火の寺式そのままに、扱うものがクリスマス物なのだ。
太鼓と木魚を打ち鳴らしての賛美歌。
僧たちの墨衣を翻し、寺の蝋燭を用いてのキャンドルサービス。
本堂はもともと薄暗く、しんと冷え、真冬の肝試し状態である。
あまりに怖いと、こどもも泣かないものだとミナトは知った。
経用の鈴をしゃんしゃん鳴らしての、野太い聖歌が終わったあと、会食になった。
精進料理によるクリスマス料理は、こんにゃくが大活躍だった。

管長の言葉で締められ、法会の成功が祝されたときには、戦闘後よりも疲れている自分をミナトは発見した。
丁寧に労われ、報酬を渡され、それはクリスマス用ではないのだろう、不思議な生き物のぬいぐるみをこどもたちに一つずつ貰って帰る頃には、サクモはやつれ果てているように見えた。
「信仰を侮ってはいけませんね」
しみじみとサクモは言う。
疲れきって寝てしまったイルカを背に負い、幼いながらも忍者登録をしているカカシは、サクモの足に縋りついたまま、それでも歩いている。
ミナトはアスマを背負っていた。
「信仰の問題ではない気がしますけど」
ミナトは答える。
「火の国の最近の習慣では、クリスマスというのは恋人同士で過ごすものらしいですよ」
そっと、ミナトはサクモの耳元に囁く。
「では、ミナトと一緒だったから、クリスマスの最近の習慣どおりなのですか?」
サクモは、真面目な顔で言う。
「いや、たぶん、違う……、いえ、そうです。サクモさんと居られれば、それでいいんです」
カカシの目をかすめて、電光石火の早業で、ミナトはサクモの頬にキスをする。
サクモは年下のミナトをこども扱いすることが多く、こんなにはっきりと恋人と認めてくれることなど、滅多にない。
信仰は侮れないな、とミナトも思った。

ミナトが案じたとおり、カカシとアスマとイルカは、クリスマスという言葉に恐怖を覚えるようになった。
それが、恋人と過ごす素敵なイベントに変わるまでは、幾分かの月日を要するのだった。

大人にも、こどもにも。
恋人同士にも。
メリークリスマス。
ごおおおんという、鐘の音とともに。

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