熱い雪 5

畳敷きの部屋に、旅館のような朝食が用意されていた。
「ミナト兄さま、おはよう」
昨夜と同じように、隣にパックンという名だという忍犬を従えて、カカシが、にっこりと笑う。
朝陽のなかで見ると、ますますサクモに似ていた。
瞳の色だけが違う。
「あ、ん。おはよう」
むず痒さを覚えながら、ミナトは膳が用意された場所に腰を降ろす。
ミナトの隣に、サクモが座した。
カカシが目を見開いた。
「父さま、朝ごはん、食べるの?」
「うん」
サクモは、カカシに向かってふわり、と笑い、ミナトの肩に凭れかかった。
「ミナトが食べさせてくれるから」
「え?」
ミナトは、肩のサクモを見遣る。
「サクモが、少しでも余計に食えるんなら、それもいいだろう」
パックンが、しかめつらしく(顔は元々、そうなのだが)、言う。
「父さまは、食べるの、きらいなの。朝ごはん、作ってくれるけど、食べたこと、ないんだよ」
カカシが澄んだ声で言う。
ミナトは嘆息して、箸をとる。
卵焼きをとってサクモの口に運ぶと、赤ん坊というより小動物のように、サクモはそれを咀嚼した。
「わあ。ほんとに、父さま、食べてる」
幼児にしては、ずいぶんと上手な箸遣いで菜をつまみながら、カカシが驚嘆する。
面白くなって、ミナトは次々と食物を運ぶ。
それらを、ちゃんとサクモは食べた。
「よほどミナトが気に入ったらしいな」
パックンが鼻を鳴らす。
「オレも、ミナト兄さま、好き」
カカシが宣言する。
「おれも好きだよ」
ミナトはカカシに笑いかける。
奇妙なほどの幸福感が、身を浸していた。
肩の愛しい温もり。
可愛いおさな子。
忠実な忍犬。
この食卓を守るためなら、命も要らない、と真剣に思った。

食事が済んだ後、ミナトに着替えを手伝わせて、サクモは任務に出ていった。
「兄さまは?」
カカシが尋ねてくる。
「おれは、今日は任務が入ってないんだよ」
「じゃあ、一緒に遊べる?」
「うーん」
ミナトは唸った。
このままカカシと遊んでいたい。
パックンが、犬らしく吠えた。
ミナトに目を覚ませ、というように。
カカシと同じ目の高さにかがみ、髪を撫でながら、ミナトは言った。
「ちょっと待ってて。一回、帰って……いや、行ってくるから」
「すぐ、帰ってくる?」
カカシは、ミナトの手を握りしめる。
「うん、用事が終わったら、すぐ」
ミナトは慌しくライフジャケットを着込み、カカシとパックンに送られて、はたけ家を出た。
数歩、進んで、振り返る。
家が消えうせているのではないか、と案じた。
怪談のように。
朝露のように全てが溶けてしまっているのではないか。
だが、カカシが手を振っているのが、いつまでも見える。
手を振り返し、思い切るように、ミナトは跳躍した。

それは消えることのない幻。
溶けることのない雪。
ミナトは、自分が熱い雪にとらわれたことをまだ、知る由もなかった。

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